第6話
ブクマ、評価ありがとうごさいまs
周囲に散らばるおびただしい血痕と、すっかり静まり返った薄暗い森。血と腐臭の入り混じった匂いが立ち込めるなか、私はひとまず気持ちを落ち着けるため、目の前の空間を指先でスワイプしてステータス画面を呼び出した。
半透明の青白いウィンドウが、静かに視界へ展開される。
これから先も快適なお食事ライフを維持していくのなら、自分の現状のスペックくらい、きちんと把握しておかなくてはならないでしょう。
[ステータス]
名前:ノア
種族:グール
HP:赤ゲージ(良好)
MP:青ゲージ(満タン)
SP:緑ゲージ(減少中)
STR(筋力):18
VIT(耐久):20
TEC(技量):12
AGI(敏捷):15
INT(知力):4
RES(精神):10
問題は、その下に並ぶ基礎ステータスの数値群なのよね。
このゲームのシステム上、レベルはスキルの合計値で決まる。しかも初期の魔物種族は、人間種みたいに装備品で細かく数値を盛ることができない。
となれば、素のステータスがそのまま生存能力へ直結してくるわけで――
「……それにしても、どうにも解せないのよねぇ」
上から順に眺めていき、私は一番下にあるINTの項目で、ぴたりと視線を止めた。
4。
圧倒的な一桁。
他の数値と比べても、どう見たってそこだけ不自然に低い。
物理攻撃と捕食に特化したグールという種族柄、ある程度は仕方ないにしても、まるでゲームのシステムそのものから「お前は馬鹿だ」と宣告されているようで、あまり気分の良いものではないわ。
私は馬鹿じゃない。
……たぶん。きっと。少なくとも、そこまで言われる筋合いはないはずよ。
仮にこれが某クトゥルフ神話TRPGのシステムだったなら、生まれつきの頭の回転を示すINTはさておき、教育水準を表すEDUの数値なら、そこそこ見栄えのする値になっていたはずだもの。
中学も高校も、親にはちゃんと高いお金を払って塾へ通わせてもらっていたのよ。大学だって、途中で中退しただけで、入るだけの学力は一応あったのだから。
……まあ、知性と社会性はイコールではないという、あまりにも残酷な現実についても、理解だけはしているのだけれど。
ほんの三日前。
もやし生活から脱却するために入った日雇いバイト先での出来事が、やけに鮮明に脳裏へ蘇る。
『指示待ちじゃなくて、自分で考えて動け!』
忙しない倉庫のバックヤードで、社員の男にそう怒鳴られた。
だから私は私なりに、少しでも効率が良くなるよう考えて作業の順番を変えたのよ。そうしたら今度は、別の社員が血相を変えて飛んできたわ。
『勝手な事をするな! 言われた通りにマニュアルに沿ってやれ!』
……あの地獄みたいな、理不尽極まりない板挟み。
右を向けと言われて右を向いたら、今度はなぜ左を見ないのかと殴られるような、どうしようもない不条理。
あの時、うつむいて冷たいコンクリートの床を見つめながら、私は改めて悟ったのだ。
ああ、私はつくづく、人類という生き物に向いていないのだと。
社会という高度で複雑な群れのなかで、空気を読み、建前と本音を使い分けて、それらしく生きていくための「知性」が、私には決定的に欠落しているのだと。
だから、このゲームの中でINTが最低値に設定されているのも、ある意味では私のリアルを妙に忠実に再現している、と言えなくもないのだけれど……。
これ以上そこを掘り返したら、自己嫌悪で胃液が逆流してきそうだわ。
この話は、もうおしまいにしておきましょう。
私は気を取り直して画面をスワイプし、スキルの詳細項目へ視線を移した。
……そのあいだにも、視界の端ではSPの緑ゲージがじわじわ削れている。ほんとうに嫌になるわね。少し立ち止まって考え事をしているだけで、胃袋が「次を寄越せ」と急かしてくるのだから。
【噛みつき LV2】
現在の私のメインウェポン。敵へ飛びついて組み伏せ、力任せに牙を突き立てて仕留めるための基本動作だ。
レベル2になったことで、ホーンラビットの筋だけでなく、ゴブリンの硬い骨ですら、ばりばりと気持ちよく噛み砕けるようになった。
リアルでもフライドチキンを骨ごと食べるくらいのことはしているけれど、生きた獲物の骨を砕くほどの咬合力なんて、さすがに持ち合わせていない。
仮想現実の肉体って、本当に素晴らしいわね。
【捕食 LV2】
対象を食うほどにHPが回復する、生存の要。
詳細テキストによると、おまけとして「消化吸収力」もわずかに強化されているらしい。さらにレベルを上げて進化させれば、回復だけでなくステータス上昇のバフまで付与されるようになるのだとか。
食べれば治る。
食べれば粘れる。
実に私向きの、なんとも素敵なスキルではないの。
【悪食 LV10】
不味い食べ物、本来なら口に入れないような腐肉、果ては有毒な物体すらも、脳の認識を改変して美味しく食べられるようになる神スキル。
さらに、毒物や呪いによる消化器系へのダメージ――つまり「腹を壊す」という厄介極まりない状態異常を完全に無効化してくれる。
子供の頃は、冷蔵庫からくすねた生の豚肉ごときでよく酷く腹を壊して、病院のベッドでのたうち回っていたものよ。
あの頃にこれがあれば、どれほど快適なつまみ食いライフを送れたことか。
ちなみにTIPSによれば、このスキルがカンストした状態で特定のアイテムを使ってスキル進化を行うと、【如何物食い】という更なる上位スキルへ派生するらしい。
どこまで美味しく食べられるようになるのか、今から楽しみで仕方がないわ。
ほんとうに、夢が広がるじゃないの。
【濃縮食毒 LV1】
悪食から派生して得た、最新のスキル。
これまでに食った毒物を体内へ蓄積し、主に爪や牙から分泌できるというものだ。
しかも驚くべきことに、このスキルを習得する前にゾンビの群れを捕食して取り込んでいた毒素のストックまでも、きっちりシステム内でカウントされ、保有量として反映されているのよね。
こういう、プレイヤーの過去の行動を無駄にしない細やかな仕様は、一人のゲーマーとして満点評価を出したいところだわ。
この先、毒の沼地や毒草の群生地なんかを見つけたら、補充用にたっぷり飲み込んでおくのもありかもしれない。
……あまりにも発想が終わっている気はするけれど、使えるものは使うべきでしょう。
そして最後は、インベントリの装備枠に輝くこれ。
装飾品・神器【空爪】
ノーコストで遠距離の範囲攻撃を放てる、控えめに言ってもぶっ壊れ性能のアーティファクトだ。
足の遅いゾンビみたいな雑魚相手には完全に無双状態を作れるし、何より「痛い思いをせずに食料を確保できる」という一点だけで、私にとっての価値は計り知れない。
引き撃ちしながら削って、動かなくなったらゆっくり食べる。
実に合理的で、実に怠惰に優しい装備だわ。
ただ一つ残念なのは、現時点では先ほどの【濃縮食毒】とこの【空爪】を組み合わせられないことよね。
遠隔の風の刃に致死毒を乗せてばら撒く、という極悪コンボを夢見ていたのだけれど、そこはさすがにシステムの壁に阻まれてしまったらしい。
とはいえ、派生スキルや合成スキルの組み合わせ次第では、いずれ突破できる余地もありそうだし、そこまで焦る必要もないでしょう。
まずは王道の形で、素直に育てていけばいいだけの話だわ。
充実してきたスキル欄を眺めながら、私は満足げにウィンドウを閉じた。
ゲームの中とはいえ、魔物としての生存競争にここまで自然に順応できている自分に、少しだけ可笑しさを覚える。
人間社会のルールにはろくに馴染めないくせに、腐肉を食い、毒を溜め込み、神器の使い勝手に目を輝かせている今の私は、どう考えても順応先を間違えている。
……もっとも、そんなことを考えている今この瞬間にも、視界の端ではSPの緑ゲージがじりじり削れているのだけれど。
「はぁ……考え事をしている場合じゃないのよねぇ」
私は小さくため息をつき、改めてウィンドウ――その中のマップへ視線を向けた。
アイコンで森の奥にいると表示されている、この辺りの主。
ボスモンスター【森光鹿アルフォード】。
「こいつも、そろそろいけるかしら」
そう呟いて、私は再び薄暗い森の奥へと足を踏み出した。
この時の私は、まだ知る由もなかったのだ。
いずれ現実世界においても、私が本物の『人外』へと変貌を遂げる日が来るということを。
人間社会への適性なんて欠片もなくとも、
おぞましい魔物として、常軌を逸した人外としての適性だけは、売るほど持ち合わせていたのだという事実を。
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