第26話
六人分――正確には、さっきまで食べていた料理や装備の端材まで含めれば、それ以上ね。
それだけのものを胃袋へ収めたおかげで、【存在捕食】がほんの僅かに、でも確かに積み上がっているのが分かった。
派手な変化じゃない。
筋肉が目に見えて膨れ上がるとか、骨格がきしんで伸びるとか、そういう分かりやすいものではないのよ。
でも、四肢の芯へ、歯の根へ、内臓の奥へ、じんわりと重みのある“何か”が沈殿していく感じがある。
「……うん。ちゃんと積もってるのね」
私は鎧の欠片をぼりぼりと齧りながら、小さく頷いた。
ついでに、受け取ったばかりの【解放結晶】も遠慮なく口へ放り込む。
ごりっ。
がりっ。
ぼり、ぼり。
宝石というより、旨味のびっちり詰まったポテトチップスみたいな食感だった。
硬いのに脆くて、噛み砕いた途端、舌へ不思議な塩気と濃厚な情報の味が広がる。
「……あら。喰って取り込んでも、スキル解放できるのね。便利じゃない」
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『――【解放結晶】を摂食しました』
『――未取得分岐スキルの解放条件を満たしました』
『――【捕食抵抗 LV1】を獲得しました』
『――【噛みつき LV10(MAX)】に到達しました』
『――上位派生条件を確認』
『――スキル【断界歯牙 LV1】を獲得しました』
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「……うふふっ」
私は喉の奥で笑った。
【捕食抵抗】。
毒物や異常物を食べた時、その耐性が恒常的に身体へ馴染んでいく防御寄りの派生。欲しかったのよね、これ。
そして、【断界歯牙】。
名前からして、もう偉い。噛むために生まれてきたみたいな響きじゃない。
試しに、さっきから暇つぶしに齧っていた騎士の鎧へ歯を立ててみる。
かりっ――ではなく、
すぱっ。
「……え?」
思わず、目を丸くした。
今までなら、せいぜい歯ごたえのある金属片だったはずのそれが、まるで木綿豆腐みたいに、まるで抵抗もなく裂けたのだ。
私は、改めて鎧の縁へかじりついた。
がぶり。
ごくん。
「……やだ、すごい。ほんとに豆腐みたい」
今までのリアルの私だと、鉄なんて食べ物の範疇ですらなかった。
流石に鉛を噛み砕ける程度の歯と顎はあったけれど、鉛ごときで胃もたれを起こすような軟弱な消化力だったのよね。
それが今は違う。食屍姫になった今なら、リアルでも鉄くらい普通にばりばり食べられそうだわ。
「……じゃあ、実験を始めましょうか」
私は鎧の最後の一欠片を飲み込み、静かに立ち上がった。
私の能力は、だいたい【食】を起点に発動する。
なら、ゲーマーとしては、そこを突き詰めて考えるべきでしょう。
仕様の穴を突くみたいで、少しばかり気が引けなくもないけれど。
まあ、運営ちゃん許してね♡
私は自分の左腕を見下ろし、【身体変性】を起動した。
ぶち、ぶち、ぶちっ。
肉が裂ける。
骨が軋む。
腕から、肩から、脇腹から、太腿から。
必要なだけ、自分の身体を引きちぎり、削ぎ、捏ねて、こねくり回していく。
痛い。
それなりに痛い。
でも、食べれば治るし、何より今の私は好奇心のほうが勝っていた。
千切った肉塊へ、骨片を芯として通し、器官を再配置し、食屍姫の情報を薄く写し取っていく。
そうして生まれたのは――
七匹の、小さな紬だった。
私をそのまま縮めたみたいな、ちんまりした分体。
髪も、目つきも、妙にだらしなくて危ない口元も、ちゃんと私なのだけれど、サイズだけがやけに小さい。
……セルとセルジュニアみたいね。
いや、見た目の愛嬌だけなら、もっとほのぼのしているのだけれど。
「きゅっ」
「ごはん」
「足りない」
「はは」
「おなかすいた」
「おなかすいたわ」
「ごはん」
「はやく」
七匹が、揃って私を見上げる。
そして次の瞬間。
「「「「「「「ごはん!」」」」」」」
「……うわぁ」
ちょっとかわいい。
でも、かなり怖い。
しかも、肉を切り離したぶん、当然ながら私自身はものすごくお腹が空いた。
ただでさえ大食いの玉織紬が、食屍姫なんていう大食い種族になっているのだ。そりゃあ燃費も終わるでしょうね。
「やっぱ、成長期の時以上じゃない……?」
そんなことを思っていたところで、折よく視界の先へ獲物が現れた。
牛。
それも三匹。
「実験にはちょうどいいわね」
私は地面を蹴ってダッシュした。
【身体変性】で前腕を鋭利なブレードへ変え、そのまま一頭目へ斬りかかる。
ずばんっ!
綺麗に両断。
続けざま、もう一頭。さらにもう一頭。
血飛沫と内臓が豪快に散る。
次に私は、指先へ馬鹿みたいに力を込めた。
ぱちんっ!!
ト◯コが、指パッチンで火をつけて煙草を吸う、あの雑な暴力の極みみたいな所作。
あれを本気でやった結果、火花どころか小さな爆ぜる火炎が生まれ、両断した牛へ引火した。
じゅうううっ……。
肉の焼ける匂い。
脂の滴る音。
ああ、もう駄目。理性が削れる。
「いただき・ます!」
私は一頭目の牛を、骨ごとばりばりと噛み砕きながら、あっという間に平らげた。
「ふぅ……うん、悪くないわね」
焼けた脂は香ばしいし、赤身は噛むほど味が出る。食屍姫になってからというもの、胃袋の要求水準がずいぶんと贅沢になってしまったけれど、それでも牛の丸焼きというのは十分以上に嬉しいご馳走だわ。
そのまま私は、間髪入れずに二頭目へ齧りついた。
ぶちっ、と皮を裂き、熱の残る肉へ牙を立てる。
一方で、子紬たちは一頭目へわらわらと群がっていた。
「ごはん!」 「おにく!」 「こっち、やわらかい」 「わたし、モツ!」 「ほね、あと」 「まだある?」 「ある、いっぱい!」
小さい手。
小さい口。
見た目だけなら、なんだかやけに微笑ましい光景ですらある。
……やっていることが、牛の解体でさえなければ。
「うまっ」 「うんま」 「あったかい」 「ここ、すき」 「こっちもすき」 「ぜんぶすき」 「おかわり!」
もぐもぐ。
ばくばく。
ずるずる。
ぺちゃ、ぺちゃ。
私は二頭目の肩肉を噛みちぎりながら、ちらりとそちらへ目を向けた。
「……えっ」
子紬に群がられた牛。
もう半分くらい、骨になっていた。
「……ちょっと待ちなさいよ」
さすがに、私は軽く引いた。
いや、何を言っているのだという話ではある。
自分だってさっき一頭丸ごと食べたばかりでしょうに。棚に上げるにもほどがある。
でも、それでも、引くものは引くのだから仕方ないじゃない。
だって、あの子たち。
ついさっきまで「ごはん!」「おにく!」と、やけにほのぼのした声でわらわら群がっていたのよ?
それが、私が二頭目へ手を出したほんの僅かな間に、牛一頭の半分を骨にしているのだもの。
「……食欲どうなってるのよ、あの子たち」
私の分体なのだから、答えは明白だった。
どうなっているも何も、たぶん私と同じなのだわ。
あるいは、食欲だけ切り出したぶん、私より素直で容赦がないのかもしれない。
「きゅっ」 「まだある」 「つぎ、どこ?」 「ここ、あまい」 「モツ、もっと」 「ほね、かたいけどすき」 「ごはん!」
……うん。
かわいいのに、怖い。
ほのぼのしているのに、完全にホラーだわ。
私は少しだけ頬を引きつらせながら、二頭目の牛へ改めて食らいついた。
子紬たちが食べるたび、私の中へ微かな満腹感が返ってくるのを感じる。
胃袋がほんの少しだけ落ち着く。
【捕食】の恩恵が、遠回りに還元されているのだろう。
でも、味は感じない。
あくまで満腹感と強化だけが返ってくる。そこは少し惜しいところだわね。美味しさまで共有されるなら、もっと素晴らしかったのに。
私は牛の焼けた肋肉を齧りながら、ふと思った。
「……本当に、ゲームでよかったわ」
リアルだったら、絶対に駄目だ。
いや、駄目どころの騒ぎじゃない。
近所から通報される。
……いえ、通報どころでは済まないわね。
保健所と警察と消防と自衛隊が、まとめて来てもおかしくない。
朝のニュースで【謎の多産型珍獣騒動】とかいう雑な見出しで特集されても、何も文句が言えないもの。
それに、分体を見ていると、もっと根本的なことまで考えてしまう。
子供、出産、子育て、リアルでは絶対無理だ。子供が哀れだ。
仮に、その前々段階と、前段階。
そこをどうにかこうにか、奇跡か事故か悪夢みたいな展開で突破できてたとしても。
子供を持つのだけは、絶対に駄目でしょうね。
私は、自分のことだけで手一杯なのだもの。
嫌いじゃない、とは言える。
可愛い、と思うことも、たぶんある。
でも、それだけで人間一人を責任もって育て上げられるのかと問われたら、私は無言で首を横に振るしかない。
子育てなんて、社会性が溢れた人間が、余った善性や理性や忍耐を、自分の子へ分け与えていく行為みたいなものじゃない。
善性も社会性も足りない私に、そんなものができるとは到底思えない。
愛する機能だって、明らかに足りていないのだから。
だからこそ、これはゲームでよかった。
現実じゃないから許される。
責任も、戸籍も、近所付き合いも、保育園の面談も、まともな人生設計も、そういう人間社会らしい地獄を全部すっ飛ばして、ただ【増える】【食べる】【還元される】だけで済むのだもの。
そういう意味では、実に私向きだわ。
「……ほんとうに、ゲームでよかった」
私はぽつりと呟いてから、三頭目の牛へ噛みついた。
そして、ひとしきり食い散らかしたあとで、ようやく実験結果が見えてきた。
私は自分の指先を軽く齧る。
じわりと血が滲む。
そのまま子紬たちの方を見る。
もぐもぐ。
ばくばく。
むしゃむしゃ。
七匹が夢中になって牛を食べる、そのたびに。
私の指先の傷が、【捕食】の回復でしゅうしゅうと再生していく。
「……なるほどね」
私は目を細めた。
一人でも食えば、全員に恩恵が還元される。
回復も、満腹感も、おそらく【存在捕食】や【捕食活性】の一部まで、共有されている。
つまりこれは、ただの分体じゃない。
食事の手を増やすための、外付け胃袋であり、外付け捕食器官であり、私という存在を並列化するための増殖機構なのだ。
なんとも、ろくでもない。
そして、なんとも素晴らしい。
「でも、それでいいのだわ」
私は口元を拭いながら、静かに笑った。
私はもう、そういう生き物なのだから。
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