第24話
相手は六人。
配信用のホログラム越しにステータスをざっと確認すると、レベル帯は四十から五十程度、といったところだった。
【エリュシオンオンライン】の現在の最高レベルが七十前後だと掲示板で見たから、彼らも中堅から上位層へ片足を突っ込んだ、れっきとしたガチ勢の部類なのだろう。
対する私は、格上狩りと、つい先ほどの存在進化を経てレベル五十八。数字だけならこちらが優勢。けれど、だからといって油断していいほど、数の暴力というものは甘くないのよね。
編成は【騎士】、【戦士】、【僧侶】、【魔術師】、【斥候】、【狩人】。
前衛、中衛、後衛が綺麗に揃った、いかにも教本みたいなバランス構成。 やっぱり人間種の連中は、連携でその強さを補う方向へ進化していくのだわ。個々がそこまで壊れていなくても、組み合わせると厄介になる。実に社会的で、実に腹立たしい話じゃない。
「さて……どこから齧ろうかしら」
私が、わざと艶っぽく舌なめずりした、その瞬間だった。
後衛の【魔術師】が、ほとんど間髪入れずに先制を取ってきた。
「いっけえええっ!」
放たれたのは、【炎魔術】と【毒魔術】を掛け合わせた複合魔術――【融合毒炎】。
赤黒く燃え盛る猛毒の炎が、蛇みたいにうねりながら一直線に私へ噛みついてくる。 熱量と毒性の二段構え。初手で避け損なわせて、そのまま継続ダメージで削り切るつもりなのだろう。きちんと嫌らしい、良い魔術だったわ。
普通なら避けるか、防御スキルで受ける場面なのだろうけれど。
「あむっ」
私は逃げるどころか、その炎の塊へ向かって大きく口を開けた。
がぶり、と噛みつく。
ぱりん、と。 毒炎の中核――たぶん術式の芯か、魔力の凝集点か、そういう“存在の核”みたいなものが、歯の間で飴玉みたいに砕けた。
そのまま、私は丸ごと喉の奥へ吸い込む。
ごくり、と。 熱くて、痺れて、ちょっとだけ舌へ刺さるものが喉を通り抜けていった。
「……んっ。ピリ辛で美味しいわ。タバスコたっぷりの激辛チキンみたい」
【え????】 【魔法食ったぞこいつ!?】 【ピリ辛……?】 【※良い子は真似しないでください(魔法は食べ物ではありません)】 【初手から訳が分からない】 【味の感想を言うな】
配信コメントが滝みたいに流れ落ちる中、今度は前衛の【戦士】が、一気に間合いを詰めてきた。
「もらったぁっ!」
全身のバネを使った突進スキル【頭突き】。
ドゴォッ! という鈍い音とともに、戦士の頭が私の腹部へまともにめり込み、初期装備の粗末な服の腹部分が大きく裂け散った。
「やったか!?」
戦士が顔を上げかけた、その瞬間。
破けた服の下。 私の白く滑らかな腹部が、縦に、ぱっくりと割れた。
「……え?」
その間抜けな声を最後に、腹へ形成された巨大な口が、彼の頭からがぶりと食らいついた。 そのまま、ずぶずぶと胃袋の奥へ引きずり込んでいく。
「ひぎゃあああっ!? なにこれ!? 食われてる!? 俺、食われてるっ!?」
頭から飲まれた戦士は、外へはみ出した両足をじたばた振って必死に抵抗した。 でも、私はその足首を両手でしっかりつかみ、ぐいぐいと腹の口へ押し込んでいく。
骨格のきしむ感触。 鎧の留め具が腹の歯へ引っかかる、嫌な擦過音。 それすら今の私には、ちょっと歯ごたえのあるトッピングくらいの認識でしかなかった。
「ママァ! 助けて! ママァァァァッ!」
あらあら。 そこまで情けない悲鳴を上げられると、少しだけ可哀想に見えてしまうじゃない。 ……まあ、食べるのをやめる気は一ミリも無いのだけれど。
================== 『――戦士完食!』 ==================
【悲鳴がゲームじゃないやつww】 【丸呑み!? 丸呑み!?】 【大食い配信R-18G】 【ママァ!で腹痛い】 【いや笑えねえって!】 【腹に口あるの反則だろ】 【怖いのにちょっと綺麗なのが腹立つ】
「むぐっ、ごくんっ」
腹の口が満足げに閉じ、私はふうっと息を吐いた。
戦士の命とステータスを丸ごと飲み込んだことで、【存在捕食】、【捕食活性】、そして通常の【捕食】による回復と強化が同時に起動する。
全身へ熱が巡り、筋肉も感覚も一段軽くなる。 血のめぐりが良くなる、なんて生易しいものじゃない。身体の内側で“次が食える”という確信が膨れ上がっていく感じだった。
ああ、やっぱり人間は栄養価が高いわね。
「おい、暴食さん……食うたびにステータス上がってねえか!?」
リーダーの【狩人】が叫ぶ。 直後、背後から鋭い風切り音。彼の本命が飛んできた。
【超集中】×【狙撃】×【会心強化】。 確定会心に即死判定まで重ねた、間違いなく彼らの最大火力コンボだわ。
私は振り向きざま、その必殺の矢へ【封式羅刹】を合わせ、大きく口を開いた。
カシィィッ!
牙でそのまま噛み砕く。
矢じりが砕け、軸がへし折れ、強化の乗った魔力が口内でぱちぱち弾けた。 ちょっと舌が痺れた。けれど、それがまた悪くないのよね。
「……もぐもぐ。うん、上等な金属ね。ミネラルたっぷりで歯ごたえもいいわ。鉄分補給にはちょうどいいおやつだこと」
【矢を食うなwwww】 【防御(咀嚼)】 【この女の胃袋どうなってんの?】 【暴食さんってあだ名、伊達じゃねえ】 【バケモンすぎる】 【もう何なら食えないんだよ】
さらに後ろから、【僧侶】の【聖浄】が飛んできた。 毒も穢れもまとめて祓う、聖属性寄りの浄化術。普通のアンデッド系ならかなり嫌なはずなのだけれど――
「ん、ちょっと苦いわね」
私は肩先へ当たった浄化光を、その部分だけ口に変えてぺろりと舐め取った。 少しだけ焼けるような痛みはある。けれど、その程度だ。
今の私は、ただの腐肉喰いじゃなく、汚染ごと社会へ潜る【食屍姫】なのだもの。 生半可な浄化なんて、味変にしかならないのよね。
【聖属性まで味見してて草】 【僧侶泣いてるだろこれ】 【回復役の顔が終わってる】 【もう僧侶がかわいそう】
私は地面を蹴り、後衛を狩るため一気に間合いを詰めた。 けれど、その前へ大盾を構えた【騎士】が滑り込む。
「ここを通すわけにはいかない! 【盾鎧強化】!」
騎士の全身の鎧と大盾が、強固な光のオーラへ包まれる。 私の噛みつきがガィィィン! と硬質な音を立てて弾かれた。
なるほど。 さっきの戦士が勢い任せの前菜だとしたら、こっちはちゃんとしたタンクね。落ち着いているし、立ち回りも綺麗。こういうタイプの方が面倒なのよ。
「じゃあ、こうしましょうか」
私は口元を歪め、【身体変性】を起動した。 右腕が、骨も肉も形を失って、どろりとした強酸性のスライム状へ崩れていく。
「な、なんだそれは!?」 「硬い殻の甲殻類は、隙間から中身だけを啜るのがお食事のマナーでしょう?」
私はスライム化した右腕を、大盾の裏、鎧の関節の合わせ目、バイザーの細い隙間へ滑り込ませた。 ぬるり、と。 体内へ侵入したドロドロの腕が、直接、騎士の肉を溶かし始める。
「ぎゃあああああああっ!? 溶ける! 溶けるゥッ!! 目がァァァッ!」 「うふふふっ。カニ味噌みたいで悪くないわ」
【ヒエッ……】 【モンスターパニック映画のバケモノそのもの】 【エグいエグいエグい】 【甲殻類の正しい食べ方(グロ注意)】 【トラウマ製造機やめろ】 【騎士泣いてるじゃん】
ただ、普通に口で直接食べるより、スライム越しだと味の輪郭が少しぼやけるわね。 そこは減点一だわ。
その時だった。
騎士へ意識を割いた隙を、【斥候】が逃さなかった。
左右へ細かく軌道を変えながら、二刀流の短剣で死角へ潜る。 足運びも、呼吸の切り方も綺麗。たしかに上手いわ。喉元、脇腹、膝裏、急所だけをきっちり狙ってくるあたり、経験値も高いのでしょうね。
私はスライム化した右腕で騎士を溶かしながら、空いている左腕を巨大で鋭利な【骨肉の大鎌】へ変性させた。
狙うは首。 インパクトの瞬間に【過剰代謝】を重ね、速度と威力を一気に引き上げる。
ガキィィィィンッ!!
「……あら?」
少しだけ驚いて、私は目を丸くした。 大鎌の一撃を、【斥候】の男が二本の短剣をクロスさせ、奇跡みたいな反応で受け止めてみせたのだ。
こちらはすでに何重ものお食事バフが積み重なっている状態。それを正面から防ぐなんて、かなりの反射神経とゲームセンスね。 リアルの朔みたいな、暴力そのものが服を着て歩いているタイプには及ばない。けれど、純粋なプレイヤースキルとしてはかなり高い部類だわ。
惜しい。 かなり美味しそうな技量だったのに。
「それはそれとして」 「えっ――ぐふぁっ!?」
私は大鎌を受け止められたまま、足の指先を細長く伸ばし、その腹へずぶりと突き刺した。
そこから、さっき自分自身を食って再濃縮した【濃縮食毒】――胃酸由来の超強酸毒を一気に流し込む。
リアルでも、朔に理不尽な腹パンを食らって胃液が空っぽになるまで吐かされた時、その胃液がぶちまけられた実家のフローリングどころか床板の方まで痛めつけて、大惨事になったことがあるのよね。 子供の頃から、おはじきやビー玉くらいならお腹いっぱい食べても全く問題なかったし、私の消化液は元からだいぶ異常だったのだわ。
その凶悪な超強酸を、体内へ直接注ぎ込まれたらどうなるか。 まあ、推して知るべしでしょう。
「が、あ、ああぁぁぁぁっ!?」
斥候の身体が内側から崩れていく。 私は四つん這いになり、どろどろに溶けかけた彼を地面から啜り上げた。
ずる、ずるるっ。 最後に喉のあたりを吸い込むと、骨の手応えが消えて、綺麗に飲み込めた。 うん。後味までちゃんとしているわね。
【暴食さん……】 【マジで化け物】 【飯テロ(終焉)】 【残さず食べる偉い子】 【リアルでも犬の餌四つん這いで喰ってそう…流石にねえかw】 【最後の一吸いが丁寧すぎる】
================== 『――騎士完食!』 『――斥候完食!』 ==================
これで厄介な前衛は全滅。 彼らの血肉を喰らい尽くした私のHPとSPは完全に全快し、全身にはありとあらゆる捕食バフが限界まで積み重なっている。
パーティの命綱である【僧侶】は、さっきから必死に【加護】【回復】【浄化】あたりを回していたらしい。 けれど、こちらの火力と捕食速度が異常に高すぎて、完全に割を食っている。回復詠唱が間に合った頃には、その対象はだいたい私の胃の中か、あるいはスライムの中に収まっているのだから。
【狩人】も【魔術師】も、私が前衛を崩している間中、ずっと矢と魔術を撃ち込み続けていた。
けれど、飛んでくる攻撃は【如何物食い】と【身体変性】で作った身体中の口へ片っ端から食われていくし、それを抜けて命中した僅かなダメージも、仲間を食べた回復量で一瞬で消える。 むしろ親切に、バフの材料を補充してくれているようなものだった。
残るは、恐怖で顔を引き攣らせて後ずさる【僧侶】、【魔術師】、そしてリーダー格の【狩人】。 後衛三人だけ。
私は口元の血を手の甲で上品に拭い、ゆっくり立ち上がった。
ホログラムのコメント欄が、熱狂と恐怖と狂気で凄まじい勢いのまま流れていく。 さっきまで人間同士の配信だったはずなのに、今はもう完全に“災害観測”の空気ね。まあ、間違ってはいないのだけれど。
私は仮面の奥で、花が咲くみたいに可憐で――そして最高に邪悪な笑みを浮かべた。
ぬらりと舌が口から這い出て、唇をゆっくり舐める。
食事前の挨拶みたいに、胸の前で両手を合わせる。
「さて……前菜はこれくらいにして」
そこで、腹の底がきゅるる、と鳴った。 いえ、きゅるる、なんて可愛いものじゃなかったわね。 ぐう、ではなく、ごごごごご、みたいな、地鳴りと飢餓を無理やり同居させたような音だった。
喉の奥から涎が溢れる。 ひと筋では済まない。滝みたいに、だらだらと垂れていく。 自分でもちょっと引くくらいには、絵面が終わっていた。
【まだ前菜!?】 【いや今ので四人食ってたよな!?】 【涎やば】 【腹の音デカすぎて草】 【草じゃねえ怖い】 【後衛三人、逃げてくれ頼むから】
私は優雅に小首を傾げた。 その仕草だけ見れば、たぶんそこそこ上品な女の子(26)に見えなくもないのでしょうね。 実態は、だいぶ終わった捕食生物なのだけれど。
「いただき・ます!」
感想、評価、お気に入り、は本当に励みになっています。
何より最新話までついてきていただけるのは読者様が思う五百倍は嬉しいです。お礼に紬さんを嫁にあげます。




