第18話
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「うっま! これうっま! あむっ! 止まんない! 現役JDのガキモツ、うんめえ! むぐむぐむぐむぐっ! ざまみろ! ざまみろだわっ! ぶちんっ! ごくんっ!」
私は血まみれの手で高々と中指を立てながら、朔の――玉織朔のアバターの腹の中へ頭を突っ込み、その新鮮な内臓を嬉々として頬張っていた。
勝った。
私は、あの恐怖の化身みたいな妹に、ついに勝ったのだ。
しかもただ勝っただけではない。喰らって、噛み砕いて、胃袋へ収めて、文字通り完全勝利を収めたのである。
思い返せば、朔は本当に強かった。
身体能力やスキルのラインナップから推測するに、朔の総合レベルは、私が最初期にうろついていた【グール時代】と同程度――せいぜいレベル5前後。
対する私は、【ハイグール】への進化やボス討伐を経て、総合レベルはすでに20オーバー。
単純計算でも、ステータス差はざっと四倍。
力も、耐久も、速さも、全部私が上回っていたはずだった。
現実とは違って、こちらは私が圧倒的なフィジカルの暴力で勝っている。なら、本来は勝負にすらならないはずなのだ。
ゾウとアリで喧嘩が成立する? しないでしょう。
なのに。
私が四倍の速度で動いているはずなのに、こちらの攻撃は尽く空を切り、逆に朔の攻撃は面白いくらい正確に私の身体へ吸い込まれてきた。向こうの攻撃は全部急所を突き、こちらが力任せに振るった腕は、赤ん坊をあしらうみたいにいなされる。新スキル【身体操作】で爪を伸ばして牽制しようとしたら、一瞬の隙を突かれて生爪を全部剥がされたし、リアルでも何十発と食らってきた、あの見覚えのあるみぞおちへの前蹴りまできっちり叩き込まれた。おまけに、かつて私を一ヶ月の入院生活へ追い込んだ、容赦のない鉄山靠までお見舞いされて、「痛い痛いっ!」と泣き叫びながら森を転げ回る羽目になったのよね。
一か八かで【封式羅刹】と【過剰代謝】のダブルバフをかけて、技術差をフィジカルだけで押し潰そうともした。最初はそれなりに有効だったのだ。
でも、あいつ、私のオート回避の動きへ、見る見るうちに適応し始めたのよ。このままいけば完全にパターンを読まれて、でかい一撃をカウンターで叩き込まれて即死する――ゲーマーの勘が、冷たくそう告げてきた。
だから私は、わざと朔のしょぼい小石投げに当たって、【封式羅刹】を強制解除せざるを得なかった。
絶望的なくらい、戦闘技術に差がある。
どれだけステータスが高くても、中身がポンコツなら勝てない。
じゃあ、どうやって私が勝ったのかって?
簡単だわ。
距離を取って、【空爪】を連打しただけ。
身も蓋もないけれど、本当にそれだけ。
向こうのスピードでは私に追いつけないし、私のスピードなら絶対に逃げ切れる。低レベルということは、スキルの合計値が低いということ。つまり、遠距離攻撃スキルを持っている確率も低い。案の定、奴は近接特化で、まともな飛び道具を持っていなかった。
一応、腹いせみたいに石や木の枝を全力で投げつけてはきたけれど、そんなもの、当たってもカスダメージだわ。削れたHPは、その辺を飛んでいた虫とか、茂みにいた小動物とかをひょいっと拾い食いして、すぐに埋めてやった。
そんな適当でセコい手で勝てるのかよ、と思われるかもしれないけれど。
そんな適当な手で完封できるレベル差なのに、逆に私を死の淵まで追い詰めてきた朔が、異常なだけなのよ。
ここはVRMMOの世界。だから私は勝てた。
朔は、現実のあの常軌を逸した身体能力をゲーム内へ持ち込めなかった。リアルであいつが得意としている、えげつない急所攻撃の数々が、ゲームのシステム上【ダメージ判定】として存在していなかったのが大きい。
そして何より、朔の本来の戦闘技術が高すぎて、逆にゲームの【システムアシスト】と干渉し合い、上手く動けていなかった。あいつの身体は、本来もっと自由に、もっと最短で人を壊せるように出来ている。だからこそ、ゲーム側の補助が邪魔になったのだろう。
最後は、上手く動けないシステムアシストを解除しようと、いらいらしながらステータスウィンドウを開いていた無防備なところを、【空爪】の連射で蜂の巣にして仕留めてやった。
つまり――
現実では絶対に勝てない相手に、ゲームのルールの中でなら、私は勝てたのだ。
「いやぁ、でも美味い! 憎き妹の人肉、うんまい! 幸せ! 勝利の美酒ならぬ、勝利の美肉! ざまぁあああああ! これならいくらでも食えるわね!」
私は高笑いしながら、朔の残骸を胃袋へ流し込んだ。
内臓はやわらかく、血は妙に甘く、筋肉は若い弾力を保っている。噛むたびに、現実では絶対に味わえないはずの背徳と優越感が、じわじわ舌の上へ滲んでくる。美味しい。とても美味しい。それに何より、勝者の肉という調味料が最高だった。
私は幸福と興奮で頭をふわふわさせながら、夢中で残骸を貪った。
『――狩人完食!』
『――魔術師完食!』
『――騎士完食!』
『――戦士完食!』
『――盗賊完食!』
『――【噛みつきLV9】に上昇しました』
『――【捕食LV10(MAX)】に到達しました』
「ぷはぁ!」
私は血まみれの顔を上げ、大きく息を吐いた。
それにしても、やっぱり人間――つまりプレイヤー相手だと、レベルが上がりやすいみたいね。
『――【捕食】のスキル進化条件を満たしました』
『――レベルが規定値に達したため、存在進化の条件を満たしました』
「おっ!」
私は歓声を上げた。
リアルへ成長が持ち込まれる――というか、ゲーム内のステータスやスキルが現実の私の肉体へ影響を及ぼしていると分かってからは、美味しいご飯を食べることと同じくらい、この【進化】も楽しみでログインしていたのよね。
明日はまた、日雇いバイトがあるから憂鬱ではある。
でも、これだけステータスが上がれば、また人間重機として無双して、大金――まあ、私にとっては、だけれど――を稼いで、そのお金でお寿司だって食べに行けるじゃない。
勝った。
美味しかった。
強くなった。
未来がある。
たぶん、この1年で一番気分が良かった。
私は上機嫌のまま、進化スキルと存在進化の詳細を確認しようとウィンドウへ手を伸ばした。
その時だった。
「――ッ!? い゛だい゛っ!」
ばきぃっ! という破裂音と共に、視界が激しく揺れた。
痛い。
激痛。
でも、違う。
これはゲームの中の痛みじゃない。
一瞬、私はラグか何かだと思った。次に、ボス級の罠でも踏んだのかと考えた。いや、それも違う。こんなふうに、頭蓋骨の中身ごと揺さぶられるような、嫌に生々しい衝撃は、ゲームのダメージじゃない。
これは。
現実の肉体から、直接脳を殴ってくる暴力の痛みだ。
「え、ちょ、まっ――」
ばきっ! どごぉっ!
何度も、何度も、容赦ない激痛が襲ってくる。
パニックに陥った私は、何が起きているのか理解できないまま、意識をゲームの世界から無理やり引き剥がされた。
視界がぶつりと黒く落ち、強制ログアウトの処理が走る。
「ぎゃあっ!?」
直後。
現実世界の自室のベッドの上で、私の顔面へ凄まじい威力のビンタが飛んできて、私は文字通り現実へ叩き起こされた。
暴力。
暴力。
暴力の嵐。
VRヘッドセットをひっぺがされ、ベッドから引きずり下ろされたかと思うと、庭に転がっていたはずの硬いレンガで頭をがつんと殴られた。頭蓋骨がきしむ。いや、もしかしたら脳味噌が少しまろび出たんじゃないかしら、と本気で思うくらいの衝撃だった。どうか気のせいであってほしい。
「い、いたっ、痛いぃぃっ! すみません! ゲームで殺してすみませんでしたぁっ!」
私は涙と鼻水と血を撒き散らしながら、土下座の姿勢で反射的に絶叫した。
「……あ?」
私を見下ろしていた影――玉織朔の動きが、ぴたりと止まった。
奴は手にした血まみれのレンガをぽいっと放り投げると、冷え切った目で私を睨み下ろした。
「……あれ、お前だったの? 私はただ、ゲームで変な奴に奇襲食らって負けたから、そのストレス解消のサンドバッグ殴りに来ただけだったんだけど」
「……あっ」
完全に藪蛇だった。
今のは、別に自白しなくてよかった。むしろ絶対にしない方がよかった。あまりにも暴力への恐怖が身体へ染み付きすぎていて、反射で謝ってしまったせいで、自分から地雷原のど真ん中へ頭からダイブした形である。
やっぱり私、根本的に駄目なのよね。
勝ったと浮かれて、未来があるだの何だのほざいていた五秒前の自分を、今すぐ張り倒してやりたかった。
「……ふーん。じゃあいいや。あの目障りな化け物の正体がテメエなら、話は早い」
朔の顔に、ゲームの中で見せたあの凶悪なサディストの笑みが浮かび上がった。
ああ、終わった。
私はその瞬間、本能的にそう悟った。
奴は私の首根っこを掴むと、そのままずるずると廊下を引きずっていった。
向かった先は、実家の地下室――朔専用の【玉織家第三拷問部屋】だ。
どうして普通の実家にそんなファンタジーみたいな部屋が存在するのか、と問われても、私としても非常に困るのだけれど、存在するものは存在するのだから仕方がない。
そしてその部屋には、朔が趣味で集めた私物らしき各種拷問器具が、妙に几帳面に整理整頓された状態でずらりと並んでいた。
美意識まであるのが、余計に怖いのよね。
「さあ、入れ。少しでも抵抗したら、顎の骨砕くぞ」
朔が指をぱきぽき鳴らしながら、部屋の中央へ鎮座する【アイアンメイデン(鉄の処女)】を指差した。
「ひぃっ、い、嫌だぁっ! ごめんなさい、私が悪かったですからぁっ!」
私は涙と血で顔をぐしゃぐしゃにしながら、首をぶんぶん横へ振って後ずさった。
けれど、朔が無言のまま一歩近づいてきただけで、「ヒィッ」と短い悲鳴を上げ、自分から大人しくその鉄の箱の中へ足を踏み入れた。
顎を砕かれるよりはマシだからだ。
「……そういえば」
冷たい鉄の扉が閉まる直前。私はふと、どうでもいいことを考えていた。
こうして、妹とまともに同じ空間で話をしたのは、いつぶりなのかしら、と。
いや、これを【話した】にカウントしていいのかは、だいぶ怪しいのだけれど。
がちゃんっ!
無慈悲な音と共に、アイアンメイデンの扉が閉められ、私の悲鳴が地下室へ虚しく響き渡った。
◇
この時。
私と朔の玉織姉妹は、まだ知る由もなかったのだ。
朔のパーティメンバーだったクラスメイトの一人が、それなりに知名度のあるMMORPG配信者だったことを。
そして、私が彼らを食い殺し、朔が本性を曝け出して惨殺されるその一部始終が、彼の【ゲーム内配信機能】を通して、数千人の視聴者の前へばっちりと生放送されていた、という事実を




