第13話
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「ふぅ……お腹いっぱい。幸せ……」
血まみれの口元を手の甲で拭いながら、私はふうっと息を吐き出した。
現実でも、こっちの世界でも、私はずっと、ずーっと腹ペコだったのよね。
私の人生において、成長期を過ぎてから「あー、もう何も入らない!」って心の底から満腹になれたことなんて、本当に数えるほどしかないのだ。
「満腹って、きっと才能なのよ。定食屋で白米一膳ぽっち食べて、『あー、腹八分目でちょうどいいわ』とか言える人、あれもう特殊能力でしょう。燃費良すぎじゃない? エコカーなの?」
私はしみじみと呟いた。
そういえば、最近まともに満腹になれたのは今年の年始だったわね。親戚の集まりで、親族一同に片っ端から土下座して回って、お年玉という名の不労所得をせしめた時だわ。親戚たちのお金は全部美味しく胃袋へ変換させていただいたのだけれど、特に最高だったのは、そのお金で一人で行った高級焼肉だった。
四歳も年下なのに、さっさと大手アパレル企業で働き始めたいとこの女の子。彼女のピカピカのブーツのつま先を土下座してぺろぺろ舐めてせしめたお年玉二万円で食った特上カルビの、まあ美味しかったこと!
今思い出しただけでも涎が出てくるくらいだわ!
……まあ、なお、その暴挙は後日親に全部バレて、手足をきっちりロープで縛られたうえで真冬の冷え切った倉庫に突っ込まれ、三日間絶食させられるという地獄を見ることになったのだけれど。
おまけに、性格の悪い妹が嫌がらせのために、わざわざ倉庫の扉の前で七輪を引っ張り出して、一人焼肉パーティーまで始めやがったのよね。あの時の、扉の隙間から漂ってくる香ばしい肉の匂いと、網の焦げる音……! ああ、思い出すだけで発狂しそうだわ。
「お、肉、くれぇぇぇっ! 肉ぅぅぅ!」
あの時は怒りと媚びと要求で暴れに暴れまくった。縛られたまま芋虫みたいにのたうち回った結果、指の骨が二、三本逝ったし、叫びすぎて喉から血も出たけれど、最終的には、あまりの私の哀れな姿にドン引きした妹が、震える手で焼肉の乗った皿を差し入れてくれたのだから、結果だけ見れば私の完全勝利なのよね。
「イェイ、Vサイン!」
私は森の中でひとりダブルピースを決めた。
「さて、と。過去の栄光を振り返るのはこのくらいにしておきましょうか。今日はやることがあるのよ」
私はインベントリを開き、昨日アルフォードからドロップしたボス報酬、神器【封式羅刹】を取り出した。
これの性能を、ちゃんと検証しなくてはいけない。
スキル詳細の確認と、ちょっとした実験を重ねた結果、簡単に言えばこれ、私を「暴走モード」……というより、「半自動の捕食戦闘モード」へ移行させるアイテムだった。
対象となる敵を一体指定して発動すると、その対象が死ぬか、あるいは自分が一撃でもダメージを受けるまで、絶対に解除されない。発動中は自身の防御力が紙みたいに薄くなる代わりに、速度、回避力、そして近接火力が爆発的に上昇する。
しかも完全なオートではなかった。
自分の意思が消えるわけじゃないのよね。
思考そのものは残る。どこを狙いたいか、美味しそうな部位はどこか、毒を流し込むならどこが効率的か――そういう判断は普通にできる。けれど、一度近接戦闘へ入った瞬間、身体の操作はほぼ神器側へ握られる。避ける、潜る、噛みつく、回り込む。そのへんの最適化を、私の代わりに勝手にやってくれるわけだ。
……すごくない?
「よし。あそこにいるオーガで試してみましょう」
私は木陰で鼻をほじっていたオーガへ照準を合わせ、【封式羅刹】を発動した。
――ヒュンッ!
次の瞬間、私の身体が勝手に動き出した。
オーガが驚いて振り下ろしてきた丸太みたいな腕を、私の身体は最小限の動きだけで、まるで風に舞う葉っぱみたいにひらりと躱す。回避の勢いそのままに、私はオーガの脇腹へ飛びつき、がぶりっ! と肉を食いちぎっていた。
「おおおっ!?」
私自身の口から、間抜けな歓声が漏れる。
オーガが怒り狂って掴みかかってくる。
けれど私の身体はまたしても勝手にステップを踏み、その手首をすり抜けて背後へ回り込み、そのまま首筋へ噛みついた。
「これ、アレじゃないの? 有名な格闘アニメの『身勝手の極意』ってやつ! うふふっ、私、天才格闘家になっちゃったわ!」
ある程度は自分でも考えて動けるみたいだけれど、基本は「回避」と「近接攻撃」以外の行動意思をほとんど受け付けないらしい。【空爪】みたいな遠隔攻撃は発動できない。けれど、牙へ毒を仕込む【濃縮食毒】は併用可能だった。
ひらり、と避けて、がぶり。
くるり、と回って、むしゃぁ。
また潜って、喉元へ噛みついて、ついでに毒も流し込む。
「ちょっと、これ楽しすぎるじゃない」
「避けて食べて、避けて食べて……あら、永久機関では?」
「うふふっ、いい子ね。そこ、噛みやすいわ」
面白いくらいに攻撃を避けながら、私はオーガの肉をどんどん削り、そのまま美味しく胃袋へ収めていく。
今までの私は、痛い思いをしながら必死で食らいついていた。
でもこれは違う。
痛くない。早い。しかも美味しい。
なんて素敵な神器なのかしら。
「ぎゃあ、あ、あああ……!」
毒と捕食のコンボで、哀れなオーガはあっという間に肉を削られて絶命した。
どさりと倒れた死体を前に、私はそこであることを閃いた。
対象指定。
これ、もしかして「死体」にも有効なんじゃないかしら?
私は動かなくなったオーガの死体を指定し、再度【封式羅刹】を発動させた。
――ガツガツガツガツッ!!
「んむっ! むぐむぐ! んぐっ、ぷはぁっ!」
私の身体が、信じられない速度で死体の肉を解体し、咀嚼し、嚥下していく。速度上昇効果が、そのまま食事スピードへも乗っているのだ。
「早食いにも使えるじゃない、これ! 最高のフードファイトスキルね!」
「何これ、好き……」
「強い、速い、美味しいの三拍子じゃない」
『――オーガ完食!』
あっという間に、巨大な肉塊が骨だけになった。
強い。
とんでもなく強い。
要するに「一発も被弾しなければずっと私のターン」が成立するうえ、回避から捕食まで綺麗に繋がるのだ。私自身のプレイヤースキルがポンコツでも、神器が勝手に神回避してくれるのだから、そりゃあ気分も大きくなる。
「よーし、あの調子に乗ってそうな、ちょっと色の違う別種のオーガも食ってやるわ!」
私は意気揚々と、少し奥を歩いていた赤黒い上位種っぽいオーガへターゲットを定めた。
一体目より明らかに大きい。
筋肉の張りも、纏っている圧も違う。
ただ立っているだけなのに、周囲の空気が少し重い。ああ、これは格上ね、と分かる程度には厄介そうだった。
……なのに私は、そこで立ち止まらなかった。
さっきの成功が、あまりにも気持ちよすぎたからだ。
ちょっとくらい格上でも、どうにかなる気がしてしまった。
こういう時の私は、ろくなことにならないのよね。
でも、まあ、万能感に浮かされている時の判断力なんて、そんなものだわ。
私は【封式羅刹】を発動し、そのまま突撃した。
――ひらり、と避けて、がぶりと……。
「グオォォォッ!!」
上位種オーガの予備動作ゼロの咆哮。
そこから放たれた、回避判定の限界を踏み越えたみたいな、理不尽極まりない超範囲の薙ぎ払い。
「あっ」
ドゴォォォォンッ!!
「んぎゃあぶっ!?」
私の華奢な――胸以外は――【ハイグール】ボディは、巨大な棍棒へモロに激突し、そのままボールみたいに森の木々を何本もへし折りながら吹き飛んだ。
ダメージを受けたことで【封式羅刹】のオート回避は強制解除。防御力低下のデメリットだけが残った脆い身体へ、追撃の踏みつけが容赦なく降り注ぐ。
「い、いた、痛い痛い痛いっ! ギブ! タイム、タイムだからぁっ!ちょっと待って、さっきのと話が違うんだけど!?無理無理無理、これ無理ぃっ!!い゛だい゛!」
悲鳴を上げる間もなく、私のHPバーは一瞬で消し飛んだ。
視界が真っ赤に染まり、そのまま真っ白へ反転する。
『――デスペナルティが適用されます。十二時間、全ステータスが半減します』
無慈悲なシステムメッセージが目の前へ浮かび上がった。
死に戻りのリスポーン地点である真っ白な空間へ放り出され、私はしばらく天を仰いで、それから深々とため息をついた。
「はいはい、分かってますよーだ……」
悔しい。
すごく悔しい。
でも、まあ、自業自得でもある。
明らかに格上だった。
しかも私は、さっき一体目で上手くいった程度の成功体験へ気持ちよくなって、そのまま雑に突っ込んだのだ。
そりゃ死ぬでしょうね。
知ってたわ。
知ってたけれど、やってしまうのが私なのよ。
「調子に乗るとすぐこれなんだから……ほんと、学ばないわねぇ」
私はぶつぶつと文句を言いながら、膝を抱えた。
まあ、いいわ。どうせステータス半減のペナルティ期間中はまともに戦えないし。そろそろ寝ないと、また現実世界でママのアイアンクローによる強制起床イベントが始まる時間でもある。十二時間後なら、ちょうど明日の昼過ぎにはペナルティも明けるはずだ。
「おやすみなさい、エリュシオン。明日も美味しいお肉が食べられますように」
私は虚空のメニューパネルを操作し、ログアウトのボタンを押した。
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