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第11話


ここまで読んでいただきありがとうごさいます。

現在ランキングに執着して評価ブクマお願いしていますが、ここまで読んでいただけただけで死ぬ程嬉しいです

『――ゾンビ完食!』

『――ゾンビ完食!』

『――ゾンビ犬完食!』

『――【濃縮食毒LV2】に上昇しました』


「ふぅ……ごちそうさま。これで準備完了ね」


 私は、お腹をぽんと叩き、満足げに息を吐いた。口の周りにこびりついた腐肉の残骸を手の甲で無造作に拭う。視界の端で赤く点滅していた【濃縮食毒】のアイコンが、レベルアップと共に禍々しい紫色へ変わり、確かな毒の蓄積完了を知らせていた。喉の奥と、両手の爪の根元には、致死量の猛毒がねっとり詰まっているような感覚がある。


 足元には、数え切れないほどのゾンビとゾンビ犬の残骸……いえ、綺麗に平らげた後の「お皿」が散乱していた。


 とはいえ、全部を食い尽くしたわけではない。


 私の背中には、太い蔦でぐるぐる巻きに縛り上げた五体のゾンビが「背負われて」いた。全員、私が四肢を綺麗にもいである。抵抗する術も、逃げ出す足も持たない、ただの「生きた肉袋」だ。


「よいしょ、っと」


 私は背中の蔦を軽く持ち上げ、重さを確かめた。


 成人男性並みの体格があるゾンビ五体。単純計算で三百キロ近い重量があるはずなのに、進化した【ハイグール】の筋力のせいか、驚くほど軽い。ちょっと大きめのハイキング用リュックでも背負っているみたいな感覚だった。


「これなら戦闘中の機動力にも、そうそう影響は出ないわね」


 四肢をもいだゾンビの生け捕り。

 これが、格上のエリアボスへ挑むための、私なりの完璧な戦略だった。


 このゲームにおいて、私の最大の武器であり生命線は【捕食】によるHP回復だ。けれど、強敵との戦闘中、都合よく相手へしがみついて回復できるとは限らない。もしアルフォードの攻撃が想像以上に激しくて、回復の隙すら与えてくれなかったら?


 そのための保険であり、非常食であり、歩く回復タンク。

 それがこの五体のゾンビたちである。


 ダメージを受けたら、背中の彼らを文字通りつまみ食いしてHPを立て直す。あまりにも下品で、あまりにも合理的で、そしてあまりにも私向きな永久機関だった。


「それにしても……ほんとうに身体が軽いわ」


 私は自分の手足をしげしげと見つめた。


 【ハイグール】への存在進化による、劇的な基礎ステータス上昇。視界は澄み、全身へ力が満ちている。以前の貧弱な肉体とは次元が違う。けれど、長年ゲームをやってきた私のゲーマーとしての勘が、冷たく警鐘を鳴らしていた。


 ――こういう時ほど危ないのよね。


 レベルが上がった。新スキルも得た。身体も軽い。だから勝てる、みたいな、あの雑な万能感。あれに浸った瞬間、だいたい死ぬのだ。ステータスが上がったとはいえ、しょせん私はレベル15。相手はレベル25のエリアボス。油断すれば、一瞬で鹿肉の逆側へ回るのは私の方でしょうね。


「……でも、所詮はゲームだし」


 私は自嘲気味に笑い、背中の蔦へぶら下がっていたゾンビの腕の切れ端を、まるでスナック菓子みたいにぼりぼり齧った。


 もし負けて死に戻りになったとしても、受けるのはゲーム内のデスペナルティだけ。現実世界で、昼寝中に母親から鉄アレイやダンベルを頭へ叩き落とされるという、わりとガチで命の危険があるイベントに比べれば、欠片ほどの恐怖もない、実に平和なペナルティだわ。


 むしろ今の私にとって一番つらいのは、この二日ですっかり「極上のごちそう」に見えるようになってしまった腐肉の匂いを前に、アルフォードとの決戦まで食欲を抑え続けることだった。


「さて、と……」


 腕の残骸を飲み込み、私は前を向いた。


 【嗅覚増強】が捉えていた腐臭のエリアを抜け、森の空気が不自然なくらい澄み切った一帯へ足を踏み入れた、その瞬間だった。


『――WARNING』

『――特殊エリア【光鹿の聖域】への侵入を確認しました』

『――エリアボス【森光鹿アルフォード(LV25)】との戦闘イベントを開始します』

『――対象の討伐、あるいはパーティーの全滅まで、このエリアからの離脱は不可能です』


 赤い警告ウィンドウが視界を覆い尽くし、けたたましいアラート音が脳内へ鳴り響く。周囲の景色が歪み、木々が巨大な檻みたいに私を取り囲んだ。退路は完全に断たれたらしい。


「来るわね……!」


 私は【空爪】を構え、周囲の気配を探った。


 静寂。

 風の音すら消えた、異様な空間。


 そして――


「……ッ!?」


 ふと、私の十メートルほど前方へ、それは「現れた」。


 歩いてきたのではない。走ってきたのでもない。つい一瞬前まで確かに何もなかった空間へ、唐突に、極めて自然に、その巨体が屹立していたのだ。


「見えなかった……」


 思わず、掠れた声が漏れる。


 高速移動か、それとも転移魔法に類するスキルか。どちらにせよ、私の認識速度を遥かに超えている。


 その姿は、息を呑むほどに神々しかった。


 純白の毛並みは淡く光を放ち、頭上には複雑に枝分かれした、水晶みたいに透明で美しい巨大な角を戴いている。森の主に相応しい、圧倒的な威厳とプレッシャー。


 これが――【森光鹿アルフォード】。


「ようこそ、グール殿。私はアルフォード」


 静謐な空間へ、深く落ち着いた男性のバリトンボイスが響いた。


 私は目を丸くした。


「……あなた、喋れるのね」


 喋る魔物。言葉が通じるなら、少しは手加減してくれるかしら、と一瞬だけ思った。

 けれどすぐに、昨日のことを思い出す。私は昨日、見苦しく命乞いしながら言葉を喋るオーガを、嬉々として生きたまま貪り尽くしたばかりだった。意思疎通ができるからといって、私の食欲にブレーキなんてかかるわけがないじゃない。


 アルフォードは、私の胸の内など知る由もなく、静かに言葉を続けた。


「他のボスが知っているかは分からないが、私は、誰かに打ち倒されるために作られた存在だと、生まれた時から知っている。システムという名の神の意志、とでも言うべきものだろう」


 透き通った瞳が、真っ直ぐ私を射抜く。


「多分君が、私を打ち倒すものなのだろう。私は、そのような強者と、互いの誇りと存在を懸けた、血湧き肉躍る死闘を長らく待ち望んでいた。……だが」


 そこで、アルフォードの言葉がふつりと途切れた。


 堂々たる巨体が、ごく僅かに震えている。

 その瞳に浮かんでいるのは、武人の高揚ではない。明らかな困惑と、そして――恐怖だった。


「……ここまで純粋で、底知れぬ『食欲』を向けられるとは、予想外だったのだ」


 私は小首を傾げた。


 何を言っているのかしら、この鹿は。

 システムだの、使命だの、誇りだの。そんな小難しいもの、私にはどうでもいいのよ。


「グール殿。君のその目は、戦士の目ではない。飢えだけを宿し、目の前の命をただ喰らい尽くそうとする、絶対的な捕食者の目だ。……正直に言おう。私は今、生まれて初めて恐怖を感じている」


 アルフォードが、一歩だけ後ずさった。


 森の主が。

 あの威厳に満ちた存在が、ただの【ハイグール】である私を前に、本能的な恐怖を抱いている。


 けれど、その言葉を聞いても、私の心に響くものは何一つなかった。

 ただただ、目の前の純白の毛並みの下にあるであろう、極上の赤身肉のことしか考えられなかった。


「ごめんなさいね、アルフォード」


 私は、ゆっくりと、心からの笑顔を浮かべた。


「私、小難しい使命とか、戦士の誇りとか、そういうの全然わからないの。ただ……あなたがものすごく、最高に、美味しそうに見えただけなのよ」


 現実世界のジビエ店では、底辺日雇い労働の貧しさゆえに、ほんの数切れの、舐めたような量の鹿肉しか食べられなかった。

 でも、ここなら。

 この世界なら、あの美しく巨大な鹿を一匹丸ごと、誰にも文句を言われず、好きなだけ食べ尽くせるのだ。


 その抗い難い魅力に、理性がゆっくり溶けていく。


「あぁ……美味しそう。絶対に美味しいわ。全部、全部、残さず食べてあげるからね」


 たらり、と口の端から濃い涎が垂れた。

 ぐきゅるるるるるるるぅぅぅっ! と、空腹を訴える腹の虫が、ボスのプレッシャーすらかき消す勢いで轟音を鳴らす。


 私は、自分がどれほど狂気じみた満面の笑みを浮かべ、大量の涎を垂らし、凄まじい腹の音を鳴らしているのか、自覚していなかった。


 ただ、目の前の極上のディナーをどう解体するか。

 それだけを考えて、【空爪】を構えた右腕にゆっくり力を込める。


「……まあ、よいだろう。我が身が食われて散るというのなら、それもまた定めか。せめて、誇りある狩りであってほしいものだが」


 どこか諦観の混じったアルフォードの呟きと共に、視界の端でシステムウィンドウが赤く明滅した。


『――エリアボス【森光鹿アルフォード(LV25)】との戦闘を開始します』


 

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― 新着の感想 ―
討ち倒される運命(存在)であるのを知って受け入れてるアルフォードは少し虚しい思えてくるそしてコイツに貪り喰われる事でより一層哀れで可哀想でもある
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