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「君との一カ月は、俺の人生で最も価値のないゴミだった」——偽りの告白を笑った君が、涙ながらに縋るまで。  作者: ledled


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第5話 奈落への引導

港区にある株式会社ネクスト・コアの本社ビル。その最上階にある応接室は、厚手の絨毯と洗練されたデザイナーズ家具に囲まれ、重厚な静寂が支配していた。

俺はソファに深く腰掛け、手元にあるタブレット端末で、今日の株価の推移とグループ企業の動向をチェックしていた。

その静寂を破るように、秘書の内線電話が鳴った。


「一条社長、一階の受付に水原様と葉山様が見えられています。予約はございませんが、どうしても社長に会ってお詫びがしたいと、受付で泣き崩れておりまして……。警備員が対応しておりますが、いかがいたしましょうか」


俺は唇の端を僅かに釣り上げ、冷徹な笑みを浮かべた。

予想通りの行動だ。追い詰められたネズミが最後に取る行動は、いつだって決まっている。強い者に縋り付くか、あるいは共倒れを狙って足掻くかだ。


「……通してくれ。ただし、応接室に入る前に手荷物の検査とスマートフォンの預かりは徹底するように。彼らが何をしでかすか分からないからね」


「承知いたしました」


十分後、重厚な扉が開き、二人の男女が室内に足を踏み入れた。

昨日、カフェで見た時よりもさらに酷い有様だった。

摩耶は化粧が剥げ落ち、目は真っ赤に腫れ上がっている。着ている服はシワだらけで、かつての華やかなクラスヒロインの面影は微塵もない。

その後ろに続く健太は、昨夜の警察沙汰の影響か、顔に痛々しい痣があり、肩を落として幽霊のようにふらついている。


「蓮くん……! お願い、話を聞いて……!」


摩耶は室内に入るなり、俺の足元に膝をついて泣き叫んだ。

その声には、かつて俺を魅了した甘さは欠片もなく、ただ自身の破滅を恐れる獣のような悲鳴だけが混じっていた。


「水原さん、ここは君のような部外者が大声を出していい場所ではない。座りなさい」


俺の声に威圧感を感じたのか、摩耶はびくりと肩を震わせ、健太と共にソファの端に身を縮めるようにして座った。

二人の前には、冷え切った水だけが置かれた。歓迎の意など、一滴も持ち合わせていないという俺の意志表示だ。


「さて、用件は何かな。君たちの貴重な時間を削ってまで、わざわざここへ来た理由を教えてもらおうか」


「貴重な時間なんて……もう、ないよ。蓮くん、私……今日、会社をクビになったの」


摩耶が震える手で、一枚の書面をテーブルに置いた。それは、株式会社サンライズ・ロジスティクスからの契約解除通知書だった。

理由は、再三の遅延行為、勤務態度不良、そして親会社に対する著しい名誉毀損。


「昨日、私があのカフェで取り乱した時、店員さんが警察に通報したでしょ? そのことが会社にバレて……。それに、人事部から『親会社の意向だ』って直接言われたの。これ、蓮くんがやったんでしょ……?」


「親会社の意向? 心外だな。俺はただ、グループ全体のコンプライアンスを強化するように命じただけだ。君のような、勤務中にアウスタを更新し、同僚の悪口をTwotterで垂れ流すような不適切な人材が淘汰されたのは、至極当然の結果に過ぎない。これを『市場の原理』と言うんだよ」


俺が淡々と告げると、摩耶は言葉を失った。

彼女は今まで、自分の非行を「若さ」や「可愛さ」で誤魔化せると思って生きてきた。だが、実力主義のビジネスの世界において、そんな甘えが通用するはずもない。


「俺の方も……もう、おしまいだ」


健太が、掠れた声で話し始めた。

彼の勤めていた建設会社は、俺が銀行への根回しと債権回収を早めたことで、事実上の倒産に追い込まれた。さらに、彼がこれまで行ってきた現場でのパワハラや備品の横流しが次々と明るみに出、会社から巨額の損害賠償を請求されているという。


「家も車も差し押さえられた。消費者金融からの取り立ても止まらない……。一条、お前、やりすぎだろ! たかが昔の悪ふざけじゃないか! なんでこんな、人生を滅茶茶にするような真似をするんだよ!」


健太が逆上し、ソファから身を乗り出してきた。

だが、その視線が俺の瞳とぶつかった瞬間、彼は蛇に睨まれた蛙のように硬直した。

俺の瞳の奥にある、十二年間絶やすことのなかった憎悪の炎が、彼の浅薄な怒りを一瞬で焼き尽くした。


「たかが、悪ふざけ……? 葉山くん、君は自分が何を言っているのか分かっているのか?」


俺は立ち上がり、ゆっくりと彼らに近づいた。

一歩、また一歩と距離を詰めるたびに、二人の顔から血の気が引いていく。


「君たちが一カ月間、俺を笑いものにし、尊厳を踏みにじり、俺が真剣に捧げた想いをゴミのように扱った、あの『嘘告』。あの日、俺の心は確かに一度死んだ。あの日から俺は、安らぎも、友情も、愛も、すべてを捨てて生きるしかなかった」


俺は摩耶の目の前で立ち止まり、彼女の顔を覗き込んだ。


「君は、俺がバイトをして買ったブレスレットを『メルカリで売れるゴミ』と言ったね。……君の人生は、今やそのゴミ以下の価値しかない。借金に追われ、職を失い、かつての友人たちからも見捨てられ、誰からも必要とされない。それが、君が選び、君が作り上げた現実だ」


「……っ……あああ……!」


摩耶は顔を覆って号泣した。

その涙に、同情する余地はない。彼女が流しているのは、俺に対する申し訳なさではなく、今の自分の境遇に対する自己憐憫に過ぎないからだ。


「蓮くん、ごめんなさい……。何でもする、何でもするから! 借金を返して、また前の生活に戻して! 私、蓮くんのこと、本当は……っ」


「まだその台詞を吐くのか? 君のその『何でもする』という言葉に、一体いくらの価値があると思っているんだ」


俺はポケットからスマートフォンを取り出し、画面を見せた。

そこには、MINEのブロック画面が表示されていた。


「君たちが俺に接触しようとするすべての手段は、すでに断たれている。このビルを出た瞬間、君たちは俺にとって、道端に転がっている石ころ以下の存在に戻る。……いや、返済期限の迫った不良債権、と言ったほうが正確かな」


「そんな……見捨てないで、一条! 俺たち、同級生だろ!? 助け合おうぜ!」


健太が縋るような声を出すが、俺は冷たく言い放った。


「同級生? 俺の同級生に、人の心を玩具にするようなクズはいない。君たちは、俺が次のステージへ進むための、単なる踏み台ですらなかった。……ただの、排除すべきノイズだ」


俺は入り口の方を向き、待機していた警備員に合図を送った。


「彼らを外へ。二度と、この敷地内に立ち入らせるな。もし付きまとうようなら、顧問弁護士を通じてストーカー規制法と名誉毀損で徹底的に告訴しろ。示談の余地はないと伝えておけ」


「かしこまりました」


屈強な警備員たちが、泣き叫ぶ摩耶と、腰を抜かした健太の腕を掴み、強引に引きずっていく。


「蓮くん! 蓮くん! 助けて! 嫌よ、こんなの嫌よ……!」

「一条! 待てよ! 話せば分かるだろ! 悪かったって、謝ってるだろ!」


彼らの叫び声が、廊下の向こうへと遠ざかっていく。

やがて扉が閉まり、再び応接室に静寂が戻った。


俺はソファに戻り、冷え切った水を一気に飲み干した。

喉を通る冷たさが、体内の熱を鎮めてくれる。

あの日、倉庫の裏で、嘲笑の中で俺を置き去りにした彼らの背中。

今、その立場は完全に逆転した。

彼らはこれから、一生消えることのない汚名を背負い、どん底の生活の中で、自分たちの浅はかさを呪いながら生きていくことになるだろう。

俺が味わった地獄は一カ月だったが、彼らの地獄は、死ぬまで続く。


ふと、デスクの上のタブレットに、YourTubeの通知が入った。

俺がかつてアップロードされた、あの「嘘告」の動画。

その動画は、今や俺の手によって完全に削除され、代わりに彼らが同窓会で醜態を晒している様子が、特定できないような加工を施された上で「自業自得な加害者たちの末路」として、ネットの海に静かに放流されている。

デジタルタトゥーの恐ろしさを、今度は彼らが身をもって知る番だ。


「一条社長、失礼いたします」


秘書が書類を持って入ってきた。


「次回の新規事業計画書、および海外投資家とのオンライン会議の準備が整いました。……それと、先ほどの二人ですが、ビルの外で雨に打たれながら途方に暮れているようです。どうなさいますか?」


俺は窓の外に目をやった。

いつの間にか降り始めた雨が、ガラス窓を激しく叩いている。

あの日の雨と同じ、冷たくて容赦のない雨だ。


「放っておけ。雨に濡れて少しは頭を冷やせばいい。……まあ、冷やしたところで、彼らの未来が変わることはないがね」


俺は書類を受け取り、再び仕事に意識を向けた。

もう、彼らのことを考える時間は終わりだ。

復讐は完結した。

いや、完結させたのだ。


俺の人生は、ここからさらに加速する。

かつての自分を笑った奴らが一生届かない、星の彼方まで。

俺はペンを走らせ、新しいプロジェクトにサインをした。

その筆跡には、迷いも、後悔も、一片の未練もなかった。


窓の外では、摩耶と健太が、傘も持たずに都会の濁流の中に消えていくのが見えた。

彼らがこれから歩む道は、泥濘と絶望に満ちた、果てしない下り坂だ。

それを、俺はもう見る必要はない。


「……さあ、次の仕事を始めよう」


俺の声は、自分でも驚くほど晴れやかだった。

十二年間、俺の心を縛り付けていた鎖が、今、完全に解け、消え去った。

自由だ。

俺は、真の意味で、あの倉庫の裏から生還したのだ。

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