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「君との一カ月は、俺の人生で最も価値のないゴミだった」——偽りの告白を笑った君が、涙ながらに縋るまで。  作者: ledled


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第3話 再会、格差の肖像

会場に沈み込んだ沈黙は、まるで物理的な重さを持っているかのようだった。かつてのクラスメイトたちの視線が、俺の全身を舐めるように動いているのが分かる。驚愕、疑念、そして言いようのない気圧されたような空気。

その沈黙を破ったのは、酔客の誰かが落としたグラスの割れる音だった。


「……一条? 本当に、あの一条蓮なのか?」


誰かが震える声で呟いた。その声を皮切りに、会場のあちこちで「嘘だろ」「別人じゃないか」というさざ波のような私語が広がり始める。

俺はそんな喧騒を意に介さず、ゆっくりと歩みを進めた。一歩踏み出すごとに、周囲の人間がモーゼの十戒のように道を空けていく。

彼らが着ているのは、量販店で買った安物のスーツや、数年前の流行を中途半端に追ったパーティードレスだ。一方で俺が身に纏っているのは、ロンドンのサヴィル・ロウで仕立てたスリーピース。腕には、彼らの年収を数倍しても届かないスイス製の複雑時計が静かに時を刻んでいる。

外見だけではない。十二年という歳月、俺が地獄のような努力と修羅場の中で築き上げてきた「自信」という名のオーラが、彼らとの間に絶対的な壁を作っていた。


「久しぶりだな、一条! いやあ、見違えたよ。ニュースで見てたけど、まさか本当に同級生だったなんてさ!」


一人の男が調子よく近づいてきた。名前は確か……佐藤。高校時代、健太の金魚のフンのように俺を馬鹿にしていた取り巻きの一人だ。

彼は俺の肩を叩こうと手を伸ばしたが、俺が無言で向けた視線の冷たさに射すくめられ、その手は空中で力なく止まった。


「……あ、いや、あまりに立派になったからさ。俺たちも鼻が高いっていうか」


「君と親しくしていた記憶はないが、記憶違いかな?」


俺が短く、事務的な口調で返すと、佐藤は顔を引き攣らせて後ずさりした。

会場の隅では、女子たちがスマートフォンを片手に騒ぎ始めている。おそらくアウスタで俺の名前を検索し、フォロワー数や時価総額を確認しているのだろう。


「やばい、本物だ……。フォロワー百万人超えてるし」

「ねえ、あの時計だけで家が建つんじゃない?」

「嘘告の時、私あんなに笑っちゃったのに。どうしよう、覚えられてるかな」


そんな卑屈な声が聞こえてくる。

そして、その視線の中心に、彼女がいた。

水原摩耶。

かつて俺の心を粉々に砕いた、あの「嘘告」の主犯。

彼女は今、手に持った安物のカクテルグラスを震わせ、信じられないものを見るような目で俺を見つめていた。

彼女の姿は、俺の記憶にある「ヒロイン」からは程遠かった。

確かに顔立ちは整っているが、厚塗りのメイクでも隠しきれない目の下の隈や、不規則な生活を物語る肌のくすみ。着ているドレスはどこかサイズが合っておらず、無理に若作りをしているような痛々しさがある。


「……蓮くん……?」


摩耶が、かすれた声で俺の名を呼んだ。

隣に立っている健太は、完全に固まっている。かつてのサッカー部のエースも、今や不摂生による肥満と、日々の不満が顔に刻まれた、どこにでもいる冴えない中年男の入り口に立っていた。

俺は二人の前で足を止め、感情を排除したプロの「経営者の顔」で問いかけた。


「水原さん、だったね。元気そうで何よりだ。今の仕事は……確か、派遣社員をされているんだったかな。株式会社サンライズ・ロジスティクスで」


「え……? なんでそれを……」


摩耶が絶句する。

俺が自分の会社を動かす際に、敵対する相手や関わる人間の身辺調査を徹底するのは常識だ。今回の同窓会に顔を出すにあたり、かつての加害者たちの現状を把握しておくのは、俺にとって当然の準備に過ぎなかった。


「あそこは、我々『株式会社ネクスト・コア』が最近買収した物流グループの孫会社だよ。福利厚生や給与体系の改善について、近々メスを入れる予定だったはずだ。……君のような人材が、我々のグループの末端にいるとは、世間は狭いものだね」


俺が淡々と告げると、摩耶の顔から血の気が引いた。彼女にとって「株式会社ネクスト・コア」は、今の自分にとって生活の命綱を握る巨大な存在であることを理解したのだろう。


「あ、あの! 一条……じゃなくて、一条様。俺だよ、葉山だ! ほら、高校の時よく一緒にいただろ?」


健太が、卑屈な笑みを浮かべて割り込んできた。

かつての威圧感は見る影もない。今の彼は、ただただ強者に媚びを売って、何とか甘い汁を吸おうとする寄生虫のような浅ましさに満ちていた。


「健太、お前、そんな言い方……!」

「黙ってろ摩耶! 一条は俺の親友なんだよ!」


健太はそう叫ぶと、周囲の目を意識して、親しげに俺の腕を取ろうとした。

俺はそれを軽蔑と共に振り払う。


「親友? 心外だな。俺の記憶にあるのは、倉庫の裏で俺を嘲笑い、俺が大切にしていた想いを土足で踏みにじった、下劣な加害者の姿だけだが」


その言葉に、会場が再び静まり返った。

誰もが、あの日起きた「嘘告」の事件を思い出していた。

当時は「面白い悪ふざけ」として消費された出来事が、今、莫大な権力を持つ男からの「告発」という形で突きつけられたのだ。


「……あ、あれはさ、若気の至りっていうか。なあ? 悪いとは思ってるんだよ。でも、結果として一条はこうして成功したんだし、俺たちに感謝してもいいくらい……」


健太のあまりにも身勝手な論理に、俺は思わず失笑した。

人間というのは、自分にとって都合の悪い記憶をここまで美化できるものなのか。

俺が成功したのは、お前たちの嫌がらせのおかげではない。お前たちが俺を殺そうとした地獄から、血を流しながら這い上がってきた俺自身の力だ。


「感謝? 泥棒が被害者に『お前が戸締りを厳重にするきっかけをくれてやったから感謝しろ』と言うようなものだね。君の倫理観は高校時代から成長していないらしい」


俺の冷徹な言葉が、健太のプライドを切り裂く。

彼は顔を真っ赤にして口をパクパクさせたが、俺との圧倒的な社会的格差を前に、反論する言葉を見つけられないようだった。


そんな健太を無視し、俺は摩耶の方へ視線を戻した。

彼女は潤んだ瞳で俺を見つめ、あろうことか、あの時と同じような「偽りの愛」を感じさせる表情を作ってみせた。


「蓮くん……ごめんなさい。私、ずっと後悔してたの。あの時は、健太たちに無理やり言わされて……。本当は、私、蓮くんのこと……」


摩耶はそう言いながら、細い指先で俺の胸元に触れようとした。

その仕草、その声のトーン。すべてが計算された「女の武器」だった。

彼女はまだ、自分が若くて美しい「ヒロイン」であり、俺を意のままに操れると思っているのだろう。

俺が成功した今、かつての「嘘」を「本当は本気だった」という嘘で塗り替え、玉の輿に乗ろうという浅はかな魂胆が透けて見える。


「……無理やり、か。YourTubeにアップされた動画では、君はとても楽しそうに俺を笑っていたけれど。あの映像、今でも私の会社で管理しているんだ。デジタルタトゥーというのは、消すのが難しくてね」


俺が冷たく突き放すと、摩耶の手が止まった。

彼女の額に、嫌な汗が浮かんでいる。


「私……私、あの後すぐに健太とは別れたの! 本当よ! だから、今でも蓮くんのこと、時々思い出して……」


「ほう、そうか。昨日の君のアウスタの投稿では、健太くんと思われる男性と居酒屋で飲んでいる写真が上がっていたが。あれは合成か何かかな?」


俺がスマホを取り出し、画面を見せると、摩耶は絶句した。

彼女はフォロワーを増やすために必死に日常を「盛って」投稿していたが、その隙だらけの私生活は、俺の調査能力の前では丸裸だった。

嘘に嘘を塗り重ね、その場しのぎの愛想笑いで生きてきた女。

そんな彼女が、今の俺を騙せると思っていること自体が、最大の侮辱だった。


「水原さん、君は勘違いしている。俺がここに来たのは、君たちの謝罪を聞くためでも、ましてや再会を喜ぶためでもない」


俺は一歩近づき、彼女の耳元で、会場の誰にも聞こえない低い声で囁いた。


「君たちが俺の人生から奪った一カ月。その時間を、君たちの残りの人生すべてを使って、利息付きで返してもらう。……その準備をしに来たんだよ」


摩耶の体が、ガタガタと震え始めた。

彼女は俺の瞳の中に、温情など微塵も存在しないことを悟ったのだろう。

そこにあるのは、獲物を極限まで追い詰め、じわじわと破滅させることを決意した、冷酷な狩人の目だ。


「あ、一条……そんな、冗談だろ……?」


健太が震える声で呼びかけるが、俺はもう彼らを見ることはなかった。

俺は近くのテーブルに置かれていた、誰も手をつけていない安物のシャンパングラスを取り、軽く掲げた。


「さて、皆さん。同窓会を続けてください。私は多忙の身なので、これで失礼するが……。最後に一つだけ」


俺は会場全体を見渡した。

俺を笑った者、見て見ぬふりをした者、そして今、権力に媚びを売ろうとしている者。

彼ら全員の顔を、俺は脳内の「不要リスト」に刻み込む。


「株式会社ネクスト・コアは、今後この地域の企業の再編に深く関わっていくことになる。君たちの務めている会社、君たちの親が経営している店……。明日からのニュースを、楽しみに待っていてほしい」


それは、明確な宣戦布告だった。

会場に再び、悲鳴に近いざわめきが巻き起こる。

俺は一滴もシャンパンを口にすることなく、グラスをテーブルに置いた。

金属質の高い音が響き、それがこの茶番劇の幕引きの合図となった。


俺は堂々とした足取りで、扉へと向かう。

背後から、摩耶が「待って! 蓮くん、話を聞いて!」と叫ぶ声が聞こえたが、振り返ることはなかった。

会場の外に出ると、夜の冷たい空気が頬を撫でた。

ロビーには、俺の帰りを待つ秘書の黒塗りの車が停まっている。


「一条社長、お疲れ様でした。……予定通り、進めますか?」


車に乗り込むと、秘書が静かに問いかけてきた。

俺はシートに深く背を預け、閉じていた目を開けた。

窓の外、ホテルの会場の灯りが遠ざかっていく。


「ああ。まずは、水原摩耶の派遣契約の打ち切り。それと、葉山健太が勤務している建設会社への融資引き揚げだ。……法に触れない範囲で、徹底的に『市場の原理』を教えてやれ」


「承知いたしました」


車は夜の街へと滑り出した。

俺の手元には、先ほど会場で密かに撮影させた、摩耶と健太の無様なツーショット写真がある。

かつての俺が絶望の中で眺めていたあの日、彼らが俺を写した動画と同じ。

今度は俺が、彼らの「終わりの始まり」を記録する番だ。


復讐は、一撃で終わらせてはつまらない。

彼らが築き上げてきた、砂上の楼閣のような平穏な日常。

それを一つずつ、丁寧に、確実に崩していく。

明日、彼らが目を覚ました時、世界は昨日までとは全く違う色に見えるはずだ。

絶望という名の、濃い灰色に。


俺はスマホを閉じ、静かに笑みを浮かべた。

十二年前のあの日、俺を笑った君たちへ。

最高の「ざまぁ」は、まだ序の口だ。

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