表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
「君との一カ月は、俺の人生で最も価値のないゴミだった」——偽りの告白を笑った君が、涙ながらに縋るまで。  作者: ledled


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

1/2

第1話 甘い毒と、砕かれた心

六月の湿った風が、放課後の教室に流れ込んでくる。窓の外では部活動に励む生徒たちの声が遠くに響き、オレンジ色に染まり始めた夕日が床に長い影を落としていた。

俺、一条蓮は、自分の席で胸の高鳴りを抑えられずにいた。今日は特別な日だ。クラスの人気者で、誰もが憧れる美少女、水原摩耶と付き合い始めてちょうど一カ月。

地味で目立たない、いわゆる「陰キャ」側に属する俺にとって、彼女からの告白は、まさに天から降ってきた奇跡のような出来事だった。


「蓮くん、お待たせ! 片付けに時間かかっちゃって」


廊下から弾むような足取りで教室に入ってきたのは、ウェーブがかった柔らかな髪をなびかせた摩耶だった。

彼女の笑顔は、まるで周囲の空気を浄化するかのように明るい。短いスカートから伸びる細い脚、制服越しでもわかる整ったプロポーション。そんな彼女が俺に向かって微笑み、細い指先で俺の腕に触れる。その感触だけで、俺の心臓は破裂しそうになる。


「ううん、俺も今終わったところだから。……行こうか」

「うん! 今日は一カ月の記念日だもんね。楽しみにしてたんだから」


摩耶は俺の腕を抱きしめるようにして寄り添ってきた。彼女から漂う、石鹸のような甘い香りが鼻をくすぐる。

一カ月前、校舎の裏に呼び出された時のことを、俺は昨日のことのように思い出せる。

『ずっと見てたんだ。蓮くんの、一生懸命なところ。……私と付き合ってくれないかな?』

顔を真っ赤にして俯く彼女の姿に、俺は自分の幸運を疑った。こんなに可愛い子が、俺みたいな男を見ていてくれたなんて。

それからの毎日は、まさにバラ色だった。

一緒に帰る道、他愛もない会話、時折送られてくるMINEのメッセージ。そのすべてが俺にとっての宝物で、彼女を守るためなら何だってできると本気で思っていた。


校門を出て、駅前にある公園へと向かう。今日は記念日のプレゼントとして、バイト代をはたいて買ったシルバーのブレスレットを渡すつもりだった。

彼女の細い手首に似合うだろうと、何軒も店を回って選んだものだ。鞄の中で小さな箱が揺れるたび、俺の期待感は膨らんでいく。


「ねえ、蓮くん。今日はちょっと寄り道してもいいかな?」

「寄り道? どこに?」

「いつもの公園の裏にある、古い倉庫のあたり。あそこ、夕日がすごく綺麗に見える場所があるって、友達から聞いたんだ」


摩耶の提案に、俺は二つ返事で頷いた。彼女の頼みなら、どこへだって行く。

公園を通り抜け、人気のない裏道へと入っていく。少し歩くと、落書きだらけの古い倉庫が見えてきた。確かにそこは人通りがなく、静かな場所だったが、どこか不気味な雰囲気も漂っている。


「本当にここ?」

「うん。ほら、あそこの角を曲がったところ」


摩耶に促されるまま、倉庫の陰へと回り込む。そこには、開けたスペースがあった。

だが、そこにいたのは沈む夕日だけではなかった。

五、六人の男女の集団。彼らは倉庫の壁に寄りかかったり、ドラム缶に腰掛けたりして、こちらを待っていたかのように視線を向けた。

その中心にいたのは、サッカー部のエースで、学年の中心人物である葉山健太だ。


「……葉山? なんでここに」


俺が呆気に取られていると、健太がニヤニヤと下品な笑みを浮かべながら一歩前に出た。


「よお、一条。一カ月おめでとう。楽しかったか? 摩耶との『おままごと』はよ」


耳を疑うような言葉だった。

俺は隣にいる摩耶の顔を見た。彼女はいつもの天使のような微笑みを消し、代わりに冷淡で、どこか退屈そうな表情を浮かべていた。

彼女は俺の腕からスッと手を離すと、あろうことか健太の隣へと歩み寄った。健太は当然のように摩耶の肩を抱き、彼女もまた、親密そうに彼の腰に手を回す。


「え、摩耶……? どういうこと……?」


声が震える。心臓が嫌なリズムを刻み始め、指先が急速に冷たくなっていくのが分かった。


「まだ分かんないの? 本当にバカなんだね、蓮くん」


摩耶の口から放たれたのは、一カ月間、俺を幸せの絶頂に置いていたあの甘い声だった。だが、その響きには猛毒が含まれている。


「一カ月も一緒にいて、私がアンタみたいな地味で陰気な男を好きになるわけないって、気づかなかった? 鏡見たことある?」

「あはは! 無理だよ摩耶、こいつ本気で惚れてたんだぜ? 毎日MINEで『大好きだよ』とか送っちゃってさ。全部俺らに筒抜けだったのに」


健太がスマホを掲げる。そこには、俺が摩耶に送った、愛の告白や気遣いのメッセージの数々が表示されていた。

周囲の連中が、こらえきれないといった様子で吹き出し始める。


「見てよこれ、『今日の摩耶も世界一可愛い』だって! 傑作だよな」

「一カ月の記念日にブレスレット買うために、深夜までコンビニでバイトしてたんだろ? 泣かせるねえ、一条くん!」


嘲笑の渦が、俺を飲み込んでいく。

状況が理解できなかった。いや、理解したくなかった。

目の前で健太に甘える摩耶。俺を指差して笑うクラスメイトたち。

これが「嘘告」というやつか。テレビやネットの向こう側の話だと思っていた残酷な遊びが、今、自分の身に起きている。


「摩耶、お前……嘘だったのか? 全部……」


俺の問いに、摩耶は心底くたびれたようにため息をついた。


「嘘に決まってるじゃん。健太と賭けをしてたんだよ。『あんたみたいなのが一カ月でどれだけ有頂天になるか』って。想像以上に気持ち悪くて、途中で吐きそうだったけど」


彼女はポケットから自分のスマホを取り出すと、慣れた手つきで画面を操作した。


「ほら、これ。デートの時にこっそり撮ってた動画」


画面の中で、彼女の手作り弁当(実際はコンビニのものを詰め替えただけだったと今さら知った)を食べて、涙ぐみながら感謝を伝えている俺の姿が映っていた。


「これを今からアウスタとTwotterの鍵垢に流すから。あ、心配しないで? 友達限定だから。……まあ、私たちの友達って学年中にいるけどね」


集団から、またどっと笑い声が上がった。

俺が人生で最も幸せだと思っていた時間は、彼らにとっては最高の娯楽番組だったのだ。

俺の純粋な好意も、将来を語り合った夜も、バイトして貯めた金も。すべては、彼らが酒の肴にするための「ネタ」に過ぎなかった。


「もういいだろ、摩耶。一条、お疲れさん。お前のおかげで今月の飲み代、こいつらから巻き上げられたわ。礼を言うぜ」


健太が摩耶の頬にキスをする。摩耶は嬉しそうにそれに答え、俺に一瞥もくれずに踵を返した。


「じゃあね、蓮くん。あ、ブレスレットは要らないから。どうせ安いシルバーでしょ? 金属アレルギーになっちゃう」


去り際に彼女が放った言葉は、俺の心に致命的なトドメを刺した。

彼らは笑い声を響かせながら、夕闇の中へと消えていった。残されたのは、静まり返った倉庫の裏と、膝から崩れ落ちる俺だけ。

鞄からこぼれ落ちた、小さなジュエリーボックス。

中に入ったブレスレットが、沈みきった夕日の残光を浴びて虚しく輝いている。


俺は……何だったんだ。

あの一カ月、俺が彼女に向けた言葉は、想いは、一体どこへ行くんだ。

地面に手をつくと、アスファルトの冷たさが掌に伝わってくる。視界が滲み、熱いものが頬を伝った。

悔しさ? 悲しみ? いや、そのどちらでもない。

自分という存在が、徹底的に踏みにじられ、ゴミのように扱われたことへの、底知れない「無」だ。


俺の初恋は、死んだ。

それも、これ以上ないほど惨めで、滑稽な形で。

遠くから、また誰かの笑い声が聞こえたような気がした。

学校へ行けば、明日から俺は「嘘告に引っかかったバカな男」として、アウスタやTwotterで晒され続ける。

この狭い、狭いスクールカーストという名の地獄で、俺は永遠に敗者として刻印される。


「……ふざけるな」


震える声で、俺は独りごちた。

涙を袖で拭い、ゆっくりと立ち上がる。

膝の震えは止まらない。胸の痛みは、呼吸をするたびに鋭く刺さる。

だが、その痛みの奥底で、何かが冷たく固まっていく感覚があった。


「ふざけるな……、ふざけるな……!」


叫びは、誰にも届かない。

だが、俺は自分に誓った。

いつか必ず、この屈辱を、この絶望を、百倍にして返してやる。

俺を笑った奴らが、俺の足元に縋り付いて許しを乞う、その日まで。

俺は、この日の冷たい風と、摩耶の蔑むような瞳を、一生忘れない。


暗闇に包まれた倉庫の裏で、俺はブレスレットを強く握りしめた。

銀色の鎖が肌に食い込み、痛みを与える。その痛みだけが、今の俺を繋ぎ止める唯一の真実だった。

一条蓮という男の、平穏で無知だった学生生活は、ここで終わった。

そして、復讐という名の、果てしない渇望が産声を上げた。


夜の帳が下り、街の灯りがポツポツと灯り始める。

俺は一度も振り返ることなく、暗い夜道へと足を踏み出した。

明日、学校へ行けば地獄が待っているだろう。

だが、もう怖くはなかった。

俺の心はすでに、あの一カ月のゴミのような思い出と共に、冷徹な氷の檻に閉じ込めたのだから。


「見てろよ……。お前たちが、その程度の知能で笑っていられる時間を、今のうちに精一杯楽しんでおけ」


その日から、俺の長い、長い戦いが始まった。

勉強、知識、力、金。

この世で自分を裏切らないものだけを手に入れるために。

自分を笑ったすべての人間を、見下ろすことができる高みへ。


数年後、あるいは十数年後。

君たちが自分たちの浅はかさを呪い、後悔の海に沈む姿を。

俺は必ず、特等席で眺めてやる。


その決意を胸に、俺は夜の淵へと消えていった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ