ミアの作戦
春の陽光が教室の床に柔らかな格子模様を描く昼休み。その穏やかな静寂を切り裂くように、ミアが勢いよく椿の席へと駆け寄ってきた。
「椿ちゃん! 最近、ノアがおかしいの。なにか聞いてる?」
机に突っ伏していた椿は、頭上で響いたミアの声にゆっくりと顔を上げた。
「……あぁ。そうだね」
気の抜けた返事をしながら、椿の脳裏にはノアの切実な横顔が浮かぶ。
(回帰のきっかけがミアだって言ってた……)
この天真爛漫な少女も、ノアの言う凄惨な終焉に深く関わっているかもしれない。そんな不穏な推測が、椿の思考をかすめる。
「『そうだね』って……。ねぇ、椿ちゃんまでやめてよ! 二人ともどうしちゃったわけぇ?」
突然向けられた矛先に、椿は呆気に取られて瞬きをした。
「二人? 私はいつも通りだけど」
「どこがよ! 前まであんなに黒川君を追いかけてたくせに、なんで急に避けてるの? もしかして、高度な駆け引き中?」
ニヤニヤと顔を近づけてくるミアの指摘に、椿は心臓が跳ねるのを感じた。
「避けてないってば……。ただ、ちょっと距離感を考えてるだけで……」
「ふーん。怪しいなぁ……あっ! 黒川君!」
「えっ」
ミアが教室の入り口へ向かって手を振った瞬間、椿は条件反射で手元にあった教科書を掴み取り、顔を隠すように読み始めた。
「椿ちゃん……」
ミアが心底呆れたような声を出す。
「……まさかとは思うけど」
「……違うの、ミア。何も言わないで」
両手で押さえた教科書の陰で、椿の頬はみるみるうちに熱を帯びていく。
その様子を眺めていたミアの瞳が、いたずらっぽく細められた。彼女は抑えきれない様子で、口元をニヤつかせながら椿を覗き込む。
「あらあらぁ、天下の灯郷椿様にも、そんな初心な一面があったのねぇ」
「ほんとに、違うのに……っ」
椿の制止も虚しく、ミアは椿の背後に向かって、これ以上ないほど明るい声を張り上げた。
「黒川君、ちょっとこっち来て!」
「ミア、もう嘘はやめて! 二回も同じ手に――」
「……なんだ? 来栖」
背後から降ってきた、低く、聞き慣れた声。
椿の体が、瞬間的に硬直した。
「……っ!」
ミアは椿の動揺を楽しみながら、平然と嘘を並べ立てた。
「なんかね、椿ちゃん……熱があるみたい。顔も真っ赤だし。悪いんだけど、保健室まで連れてってあげてくれないかなぁ?」
「本当か?」
椿がミアを睨みつけるより早く、レイが横から顔を覗き込んできた。隠しようのない熱が、椿の頬からレイへと伝わりそうな至近距離。
「椿、歩けるか?」
咄嗟に目を逸らした椿の視界の端で、ミアが両手で口を抑え、腹立たしいほどに肩を震わせて笑っている。
(……ミア、絶対に許さないから)
そうは言っても、ノアから聞かされた未来を思えば、いつまでも逃げ回っているわけにはいかない。これは好機なのだ。彼と、真正面から向き合うための。
「……自分で、歩けるから。大丈夫」
立ち上がろうとした椿の目の前に、当たり前のようにレイの大きな掌が差し出された。
躊躇いつつも、その掌へ恐る恐る手を重ねる。ぐい、と軽い力で引き上げられた。自分よりわずかに高い体温が、手のひらを通じて心臓まで直接流れ込んできた。
背後から、ミアの追い打ちをかけるような声が響く。
「椿ちゃん、先生には私から言っておくから! そのまま戻って来なくて大丈夫よぉ。お大事にねぇ!」




