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灯影の駄菓子屋  作者: 沈丁花
三章. 梓鳳学園

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(番外編2)春の足音


「ねえねえ、椿ちゃん。紹介してよ、そっちの格好いいお兄さん!」


ミアの露骨な視線と上気した声に、ラムネを飲んでいたエマが盛大に顔をしかめた。


「椿、なんだよこいつ。……ハル、捕まったな」


椿が思わず小さく吹き出すと、エマは不機嫌そうに唇を尖らせて、ミアを牽制するようにハルの前に立った。


「無駄だって。ハルはガキに興味ないってさ。あんたみたいなタイプ、一番門前払いだよ」


「……それはあなたに興味がないだけでしょぉ? あなたと一緒にしないでくれる?」


ミアが目を細めてあざとく言い返すと、二人の間にバチバチとした火花が散る。エマは鼻を鳴らし、さらに追い打ちをかけるように言った。


「残念だったな。ハルにはもう、心に決めた奴がいるんだよ」


その言葉に、ハルが「は?」と素っ頓狂な声を上げて眉を寄せた。


「……俺が? 初耳だな、誰のことだよ」


「ほらぁ! 勝手に決めつけないでよね」


ミアが勝ち誇ったように笑う。エマはハルの無頓着さに苛立ち、「……ホント、ムカつく奴だな」と吐き捨てるように呟いた。


「ミアちゃん、お店の迷惑になるから……もうちょっと静かにしよう?」


後ろでオロオロしていたノアが袖を引くが、ミアは止まらない。


「迷惑なわけないでしょ? ねえ、ハルさん。私たち、静かにしてればここにいてもいいですよねぇ?」


ハルに向けられた甘い声に、ハルは「ああ……まあ、他のお客さんの邪魔にならなきゃな」と苦笑いしながら答える。椿はそのカオスな光景を眺めながら、自分の方に寄ってきたノアにそっと駄菓子を差し出した。


「ノアも大変だね」


「あ、ありがとう、椿ちゃん……。ミアちゃん、一度火がつくと止まらなくて」


ノアが困ったように微笑み、お菓子を受け取る。その穏やかなやり取りを遮るように、エマが思い出したように椿を振り返った。


「そういえば椿、さっき誰を探してたんだよ。ハルと二人で顔色変えてさ」


その問いに、待ってましたと言わんばかりにミアが身を乗り出した。


「最愛の彼氏だよねぇ、椿ちゃん?」


「ぶふっ……!」

ハルに手渡された飲み物を口に含んだばかりの椿が、激しくむせた。隣でハルが「大丈夫か」と背中を叩くが、椿はミアを睨んだ。


「は!? 椿、彼氏できたの? 聞いてないんだけど!」


「できてないよ! やめてよ、ミア!」


エマの驚愕の声に、椿は必死で否定する。けれど、ミアは面白がって指先で自分の頬を突きながら、さらに畳み掛けた。


「まだ付き合ってないんだっけ? 両想いなんでしょぉ?」


「だから、そういうのじゃないってば……っ」


「ミアちゃん……もう、二人のことは触れたらダメだって……」


ノアが控えめに制止に入るが、エマは納得がいかないようで、恐る恐るハルの方を盗み見た。


「……ハルは、知ってたのか? 椿のその……相手のこと」


「うーん……」


ハルが言葉を濁すと、エマの顔が一気に引き攣った。椿は焦ってエマの腕を掴む。


「エマ、だから本当に違うんだって。そういうのじゃなくて……」


「でもぉ、教室でははっきり『好き』って言ってたでしょぉ? なに今更恥ずかしがってるのよぉ、椿ちゃん」


ミアの容赦ない追及に、椿は諦めたように溜息をつき、投げやりに言った。


「……もういいよ。そういうことで」


「ほら認めたー! 」


ミアの歓喜の声が響く。


「まじで?椿、なんで教えてくれなかったんだよ〜」


エマが寂しそうに言う。


椿は遠い目で、窓の外を見つめた。

レイがどこで何をしているかも分からないこの瞬間に、自分は「恋に恋する女の子」の振りをしている。その滑稽さと、少しの温かさが、椿の胸を不思議な感覚で満たしていた。


「椿ちゃん、ミアちゃんがごめんね」


「ノアは謝ってばっかりだね」


そう言って苦笑した椿は、ミアの勢いに圧倒されているノアの袖を、助け出すようにそっと引いた。


「ちょっと、外の空気吸いに行こ?」


二人は賑やかな店内を抜け、立て付けの悪い引き戸をごろごろと開けて外に出る。

途端に、店内の喧騒はガラス一枚隔てた向こう側へと遠のき、代わりに春の生温かい風が二人の頬を撫でた。


「はぁ……。今日は一段とミアがすごいね」


春の陽光が降り注ぐ店先で、椿は解放されたように大きく伸びをした。

背後では、ハルが「助けてくれ」と言わんばかりの切実な視線を送ってきていたが、椿はあえて気づかないふりをして、満面の笑みで手を振ってやった。


「……ハルさん、ミアちゃんのどストライクみたいだね」


隣で小さく笑うノアに、椿は「ふーん」と気の抜けた返事をする。ハルは確かに格好いいし、頼りになる相棒だ。けれど、ミアがあそこまで熱を上げる「恋愛」というフィルターを通した魅力については、椿にはいまいちピンとこなかった。


「椿ちゃんは、恋愛とかあんまり興味なさそうだよね」


ノアが足元の石ころを軽く蹴りながら、何気なく言った。


「興味ないっていうより……正直、よくわからないんだよね」


「黒川くんのことは、どうして好きになったの?」


不意に投げかけられた問いに、椿の足が止まった。

「好き」という言葉。友人たちが語る、胸がときめくような、キラキラしたその響き。それがレイに対する自分の感情を指しているのかと思うと、どこか喉に小骨が刺さったような違和感がある。


自分が抱いているのは、もっと泥臭くて、必死で。

椿は答えに詰まり、話題を逸らすようにノアを見つめた。


「ノアこそ、好きな人とかいるの?」


「……いるよ」


迷いのない返事に、椿は目を丸くした。


「え、そうなんだ。……ごめん、勝手に仲間だと思ってた」


「ふふ、仲間だよ。……椿ちゃん、黒川くんのこと本当に好きでしょ」


心の奥底にある、自分でも名前を付けかねていた部分を優しくなぞられたような感覚。椿は視線を泳がせ、曖昧に言葉を濁した。


「……そう、なのかな」


「…………」


ノアは何も言わずに微笑んだ。その瞳は、ミアを追いかけている時とは違う、深く、すべてを見通すような静かな光を湛えている。


「気づいたら一瞬、だよ。自分の気持ちに、名前がつくのは」


ノアの言葉が、春の空気に溶けていく。

店の中から、ミアの黄色い声とエマの怒鳴り声、そしてハルの困り果てた笑い声が聞こえてくる。

その賑やかな日常の音を聞きながら、椿は自分の胸に手を当てた。


レイ。その名前を呼ぶたびに締め付けられるこの痛みも、いつかノアが言うように、一瞬で「恋」なんていう綺麗な名前に変わる日が来るのだろうか。


遠くで白い雲がゆっくりと形を変えていくのを、二人はしばらく無言で見つめていた。


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