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灯影の駄菓子屋  作者: 沈丁花
三章. 梓鳳学園

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(番外編1)相棒と約束の場所


春休み。エマと待ち合わせる時間にはまだ早い。けれど椿の足は自然と駄菓子屋へと向かっていた。


「……早いな、椿」


店先で古い木箱を整理していたハルが、顔を上げて笑った。


「ハルの方こそ。今日は店番?」


「ああ、ばぁちゃんに頼まれてね。どうした、そんなに眉間にシワ寄せて」


ハルは手を止めて、椿の顔を覗き込む。彼の瞳は、すべてを見透かすように穏やかだ。


「……別に。ちょっと考え事してただけ」


「レイのことか?」


図星を刺され、椿は視線を逸らした。ハルは小さく息をつき、整理していた木箱に腰を下ろす。


「本当に、レイのことが大事なんだな。見ていて危なっかしいくらいだ」


「……もちろん。でも、ハルも大事な相棒だよ?」


椿が努めて明るくそう言うと、ハルはどこか遠い場所を見るような目で、その言葉を繰り返す。


「相棒、か。……そうだな。置いていかれないようにしないとな」


ハルの声には、覚悟とも、諦めともつかない不思議な響きがあった。


「椿ー!」


元気な声が響き、自転車を止めたエマが駆けてくる。彼女は椿を見つけるなり、迷いのない動作でその細い肩を抱き寄せた。


「捕まえた。ハグ!」


エマの左腕は、ずっと動かないままだ。彼女は右腕一本で、椿の体を力強く、温かく抱きしめる。


「エマ、おはよ」


「おはよ!椿、いつも長い休みになると捕まらないからさ。今回は会えてよかったー!」


エマの無邪気な笑顔に、椿の心に刺さっていた焦燥のトゲが、少しだけ丸くなるのを感じた。


「誘ってくれてありがとう、エマ。私も、いい気分転換になった」


「へへっ。ハル、これ開けて。喉乾いた」


エマが差し出したラムネを、ハルは当たり前のように受け取る。

手際よくラムネの栓を抜こうとしたその時、椿のポケットの中でスマートフォンが震えた。


画面に表示された『ミア』の文字に、椿は反射的に通話ボタンを押す。


「もしもし、ミア?何かあった?」


『あ、椿ちゃん!さっきね、黒川くんっぽい人を見かけた気がしてさぁ』


「え……!?本当に?どこ?」


一瞬で声のトーンが変わった椿に、ハルが怪訝そうに目を細める。


『今から会える?詳しく話したいし、作戦会議しよ!』


「分かった。今学校の近くの駄菓子屋にいるんだけど……」


『椿ちゃん、駄菓子屋とか行くんだぁ?ミア、近くにいるから、すぐ行くねぇ〜』


通話を切る椿の手は、微かに震えていた。

レイがいた。その情報だけで、停滞していた思考が猛スピードで回転を始める。


「椿、どうした。レイか?」


「……友達が見かけたって」


二人の間に流れる緊迫感。それをすぐ側で聞いていたエマは、目を丸くして二人を交互に見つめた。


「え?なになに?……レイって誰?」


春の陽だまりに、素朴な疑問がぽつんと浮かぶ。


「……あ、クラスメイトの」


椿が誤魔化すように言った直後、遠くから「椿ちゃーん!」という弾んだ声が聞こえてきた。

パステルカラーの春服を完璧に着こなしたミアが、その後ろで申し訳なさそうに歩くノアを連れてやってくる。


「ミア! レイはどこにいたの?」


駆け寄るなり、食い気味に問いかける椿。その必死な形相に、エマやハルも言葉を飲む。

しかしミアは小悪魔的な笑みを浮かべ、人差し指を口元に当てて首を傾げた。


「えへへ、嘘だよぉ」


「……え?」


「だって椿ちゃん、そうでも言わないと遊んでくれなそうだったし。春休みなんだから、もっとパァーっと女子会しなきゃダメだよ!」


呆気にとられた椿の横で、ノアが小さな声で「ごめんね……」と手を合わせて呟く。


張り詰めていた糸が切れ、椿の肩から力が抜けた。落胆が押し寄せる。けれど、ここで説明はできない。

椿は一つ、深い溜息を吐き出すと、冷ややかな、けれどどこか冗談めかした視線をミアに向けた。


「……そっか、ミア。私の前でレイの名前を使ったことは、ちゃんと覚悟しておいてね」


ミアはケラケラと弾けるような声を上げて、椿の腕を叩いた。


「あはっ! よかったぁ、椿ちゃんはやっぱりそうでなくっちゃねぇ〜!」


「ミアちゃん〜、ちゃんと謝った方がいいよ……椿ちゃん、本当にごめんね」


ノアの泣き出しそうな声に気づく事もなく、ミアは店先に立つ一人の人物に視線を奪われていた。


「……ちょっと、何。あの超絶タイプなお兄さん……」


ミアの視線の先には、エマのラムネを持って「やれやれ」と首を振っているハルがいた。


駄菓子屋の穏やかな空気に、ミアの一目惚れという新しい嵐の気配が混ざった。


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