表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
灯影の駄菓子屋  作者: 沈丁花
三章. 梓鳳学園

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

64/67

春霞の彼方


三月の柔らかな陽光が、埃の舞う資料室を白く照らしている。

レイは窓際の机に伏せ、微睡まどろみの中で昨夜の雨音を思い出していた。


ハルの言葉が、鼓膜にこびりついて離れない。

『お前がどれだけ遠ざけても、椿は止まらない。……このまま、あいつを一人で戦わせる気か?』


教室に行く気にはなれなかった。椿にすべてを話したところで、彼女を「九尾」の血なまぐさい連鎖に巻き込むだけだ。けれど、遠ざければ彼女はより深く、自分の知らない暗闇へ潜っていく。


微かな足音が聞こえ、資料室の重い扉が開く。

気配だけで、それが誰か分かった。


レイは顔を上げる勇気が持てず、寝たふりをして固まる。

隣の椅子が引かれ、椿が机に伏せるような微かな音がした。


薄く目を開けると、すぐそこに、椿の瞳があった。同じ高さで視線が絡み、逃げ場を失う。


「おはよ。今日、休みかと思った」


椿の声は、昨夜の雨の中とは違って、いつものように穏やかだった。

その穏やかさが、レイの胸を余計に抉った。レイは何も言わず、彼女の頬に走る赤い傷跡を凝視した。


「……これ、治るのか?」


「別に治らなくてもいいよ。それに、そんなに深くもないし」


椿は事もなげに、他人事のように言う。その無頓着さが、彼女が一人でくぐり抜けてきた修羅場を物語っているようで、胸が締め付けられた。


「……今までずっと、お前がやってたんだな」


レイの低い問いに、椿の眉が微かに揺れる。

夜な夜な現れる怪異を、人知れず消していた存在。レイがずっと追い、案じていたその「影」の正体。


「違う……って言っても、もう信じないよね?」


「無理だな」


椿は困ったように、控えめに笑った。その微笑みが、レイには残酷なほどの絶別に見えた。彼女はもう、レイに守られるだけの少女ではない。


「……また、私を避ける?」


椿の問いは、逃げようのない真っ直ぐな矢となってレイの心臓を貫く。答えはまだ出ない。けれど、もう昨日までのように彼女を突き放すことだけはできなかった。


「……避けはしない。でも、昨日みたいな危ない真似は、もうやめろ」


「私には『灯』もあるし、だいぶ強くなったよ? レイを助けられるくらいには」


「怪我、してるだろ」


言葉を遮るように、レイは椿の頬の傷に触れた。

指先に伝わる体温と、皮膚の硬い感触。

あの日、託して消えたはずの彼女を、結局自分のせいで傷つけてしまった。


「それに……」

「それに?」


言いかけて、レイは口を閉ざした。

(いつの間に、ハルと……)

かつて自分がハルに「椿を頼む」と託したはずなのに、いざ二人の間に自分だけの入り込めない空気があることを知ると、言葉にできない焦燥が込み上げる。


「……なんでもない」

「なにそれ」


椿は小さく笑い、視線を窓の外へと移した。少し開いた窓から春の予感を含んだ生ぬるい風が入り込み、彼女の髪を揺らす。


「もうすぐ春休みだね。……またしばらく、レイに会えない?」


「……会えないな」


レイは自分に言い聞かせるように言った。

これ以上彼女に近づけば、自分も、彼女も、すべてを壊してしまう。


椿は寂しげな色を見せなかった。

ただ、遠くを見つめるその瞳の中に、レイの知らない深い決意が宿っていることだけを、彼は痛烈に感じていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ