表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
灯影の駄菓子屋  作者: 沈丁花
三章. 梓鳳学園

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

63/65

境界線の夜


路地裏のネオンが水たまりに滲み、赤と青がぬるく揺れている。

椿は息を整える間もなく顔を上げた。


曲がり角の向こう、こちらへ向かってくる足音。一定で、迷いがない。

影が街灯を横切った瞬間、椿は確信する。


(レイだ)


椿の心臓が跳ね、ハルの手首を縋るような強さで掴んだ。


「ハル!こっち」


雑居ビルの狭い隙間へ、逃げ込むように飛び込む。

背後のコンクリート壁は、雨を吸って氷のように冷たかった。


「……椿。何を……」


至近距離で重なるハルの視線に、椿の肩がびくっと揺れる。けれど、視線はすぐにハルの背後――路地の入口へ跳ねる。


「……レイがいる。早く、隠れて」


もし見つかれば、レイはまた一人で離れていくだろう。


(そうなれば、また振り出しに戻る)


椿は思考を焼き切るようにして、ハルの胸元へ額を深く押し当てた。


ハルは短く息を呑んで一瞬だけ固まったが、すぐに諦めたように腕を回し、椿の顔を自分の体で覆い隠す。


耳に届くのは、雨音と、ハルの鼓動。そして、すぐ外を通り過ぎるレイの足音。


永遠にも思える沈黙の後、椿は震える呼吸を漏らして顔を上げた。


「……もう、行った?」


「……たぶん――」


ハルが答えようとした瞬間、頭上からその声が降りてきた。


「……こんな時間に、こんな所で。何をしてる?」


椿の背筋に、氷水を流し込まれたような衝撃が走った。

路地の入り口に、レイが立っていた。九尾の装束は雨に濡れて黒く沈み、その瞳だけが刃物のように鋭く二人を射抜いている。


「……離れろ。今すぐ」


短く、刺すような声に、足が1歩引く。


「……レイには、関係ないでしょ」


椿は逃げ場がないことを悟り、ハルの手を引きながら、レイの横を通り過ぎようとした。

だが、一歩目でその目論見は砕かれる。


レイの手が椿の手首を掴み、強引に引き戻した。

椿がバランスを崩してよろめいた瞬間、反射的に彼女を支えたレイの手がぴたりと止まる。


レイの視線が、一点を見つめている。


白い頬に走る、細い赤い線。雨に滲んでも消えない、隠しようのない戦いの痕。


レイは空いた指先でその傷をそっとなぞった。指に、紅い血がつく。


「……痛いか?」


その声が、あまりにも優しかった。椿がずっと守りたかった、あの日のままのレイの声。

その温度に触れた瞬間、椿の瞳に熱いものが込み上げる。


「……ううん。痛くない」


レイの視線が、ハルへと突き刺さる。


「……お前がそばにいて、なんで椿が怪我をしている」


レイの瞳が、一瞬だけ揺れた。次の瞬間、怒りが刃のように鋭くなった。


「ハル。まさかお前、椿に協力してないだろうな」


「違う!私が、ハルを無理やり——」


「お前の方こそ、まだわからないのか?」


ハルが静かに、けれど明確な拒絶を込めて言い返す。


「お前がどれだけ遠ざけても、椿は止まらない。こいつを一人で戦わせる気か?」


「…ハル!」


椿はハルを目だけで制止した。これ以上、自分たちの「作戦」の深淵に触れさせるわけにはいかない。


空気が音を立てて割れそうになる中、椿は自分を掴むレイの手を、ゆっくりと、けれど確実にほどいた。


「……レイ」


真っ直ぐにレイを見上げ、最後の一線を引く。


「明日、学校で話すから。……お願い、今日は帰らせて」


レイは何も言わなかった。


「帰るよ、ハル」


椿は走り出す。ハルが半拍遅れて、彼女を追う。

背後で、レイの足音は増えなかった。追ってくる気配もない。


冷たい雨の中、ネオンの滲みだけが、戻れない道の上に長く尾を引いていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ