表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
灯影の駄菓子屋  作者: 沈丁花
三章. 梓鳳学園

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

61/71

雪底の初雷


最近、現場に着く前から結果が見えることが増えた。

重く淀んでいた空気が、ふっと軽くなる瞬間がある。――それは、怪異が消え、“もう終わっている”時の匂いだ。


路地に入った瞬間、案の定だった。

騒ぎも、悲鳴も、火花もない。残っているのは壁際にこびりついたすすと、歪みがほどけた後の、薄く冷たい寒気だけ。


「……あれぇ? また先越されとるなぁ、レイちゃん」


隣でカナメが肩を揺らす。わざとらしい軽口が、今はひどく耳障りだった。

レイは答えず、煤の残る地面に片膝をついた。コンクリートを指でなぞると、爪の先が微かな熱を拾う。


――灯。


ほんの、わずかな。けれど、確かにそこにあった熱。

派手に燃やし尽くした痕ではない。乱暴に削り取った痕でもない。無駄がなく、最短距離で核を貫いたような、冷徹で効率的な浄化の跡。


(……灯郷家か?)


一瞬、冷徹な灯郷美鶴の顔が浮かぶ。だが、すぐに否定が走る。


灯郷家は、いつも遅い。

ある程度怪異に暴れさせてから“鎮圧”という形で現れる。自らの権威を知らしめるために。

なのにこれは、暴れきる前に、芽を摘むように消している。やり方が根本的に違う。


「灯郷ちゃうん?」


カナメが、レイの沈黙を透かしたように言った。


「違う」


「ほな誰やろ。正義の味方でもおるん?」


レイは立ち上がり、周囲を一度だけ見回した。

逃げ惑う人間の気配も薄い。怪異の残骸も、驚くほどきれいに“片付けられて”いる。


(……誰だ)


喉まで出かかった名前を、レイは無理やり噛み殺した。

椿は夜、出歩けないはずだ。離れに閉じ込められ、屋敷の鎖に繋がれている。


なのに、毎回残るこの灯の痕だけが引っかかる。


「誰やろなぁ、九尾の仕事奪ってるん」


カナメの声が、いつもより低く響いた。


レイは踵を返す。追う情報がない。

ただ、胸の奥に小さな棘が残ったままだった。





翌日の昼休み。いつもの古びた資料室。

椿は窓際に寄りかかり、レイを見るなり小さく笑った。ここで会う椿は驚くほど「普通」で、だからこそ引っかかる。


「……変なこと、してないよな」


九尾の任務の話はできない。その名前を出せば、椿を闇に引き込んでしまう。

レイは、椿に一滴の汚れもつけたくなかった。


椿は一拍だけ視線を外し、すぐに戻した。


「してないよ」


言い切るその声が、わずかに固い。


レイがさらに問い詰める前に、椿はポケットから小さな包みを取り出した。

掌に乗る程度の、飾り気のない包み。


「はい」


「……何だ、これ」


「甘いやつ。今日はそういう日なんだって」


カレンダーを思い出す。二月十四日。椿が最も興味を示しそうにない、世俗の行事。

レイはそれを受け取った。軽い。なのに、受け取った指先から胸の奥までが、鉛のように重くなる。


「……珍しいな」


「そういう時もあるでしょ?」


椿は、何でもない顔で何かを隠す。その表情を、レイは嫌というほど知っていた。


レイは椿の髪に指を通す。乱すのではなく、ただ、縋るように整えるだけ。

癖のような触れ方で、釘を刺すように言葉を落とした。


「無茶すんなよ」


「してないって言ったでしょ」


「……ならいい」


レイはそれ以上、踏み込めなかった。

密会の時間は短い。この静かな時間を壊す勇気は、今のレイにはなかった。


「帰ったら、食べる」


「うん」


椿の頷きは、レイが“無事に帰る”ことを、当たり前の前提として置いていた。

今のレイには、それが救いのようで、同時に怖かった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ