掃討の決意
「協力者ができたの」
駄菓子屋の奥、古びた椅子に座った椿は、湯気の立つ茶碗を手に取ることなくそう切り出した。棚に並ぶ色鮮やかな駄菓子が、今の彼女の纏う空気とはあまりに不釣り合いで、ハルは手を止めてその顔を覗き込んだ。
「……椿からその台詞、聞きたくなかったやつだな」
椿は自覚があるように、力なく苦笑いした。
「今度は誰だ? レイじゃないんだろ?」
「……お兄様だよ。九尾を壊すの、手伝ってくれるって」
ハルの背筋に、嫌な冷気が走った。灯郷美鶴。椿が恐れ、嫌悪していたはずの兄。
「……手伝うって……それを信じるのか?」
「取引をしたの」
椿は視線を落としたまま言った。感情だけが置き去りの声だった。
「レイを助けたら、私が灯郷家を出る」
「家を出るって……何言ってんだ。まだ高校生だろ」
椿は答える気がないように、次の話題に移る。その強引さが、彼女の退路のなさを物語っていた。
「作戦だけど、今すぐには動けないの。九尾が先に動くのを待たなきゃいけない」
ハルは眉を寄せた。
「……待つ? 九尾の狙いを掴んでるのか?」
椿は一拍、黙った。
「今は言えないの。……誰かに聞かれたら次の手はない」
ハルの喉が鳴る。椿が“秘密”を抱える時の静けさは、だいたい碌なものじゃない。
「……じゃあ俺は、何をすればいい」
椿の瞳が、鋭く定まった。
「“その時”が来たら、レイの近くにいて」
「その時って――」
「……レイが、引き返せなくなる時」
「椿、何を……」
「でも、ただ待ってるなんてできないでしょ? レイは毎日、新しい傷を増やしてる」
椿が顔を上げる。その瞳に、ハルでさえ気圧されるほどの熱が宿っていた。
「レイの周りに、変なもの一つも近づけたくない。……ハル、手伝って。九尾が動く前に、私が全部消す」
ハルは喉の奥まで出かけた言葉を飲み込んだ。
「……椿、それは危険すぎる。一回落ち着いて。怪異を追う中で九尾とぶつかる可能性だってある」
「ハルも昨日のニュース見たでしょ? 最近、災級の怪異が多すぎる。灯を持たない人間が小道具でどうにかできる相手じゃないの」
言い返せない。だから厄介だ。
ハルは奥歯を噛んでから、息を吐いた。
「……分かった。どうせ止めても聞かないだろ」
ハルはカウンターの奥から、使い込まれた一冊のノートを取り出した。
あの日、リンに会ってから、ハルは怪異について調べてきた。灯郷の書庫にないような街の噂、歴史の裏側、生態の弱点。
「……言ってなかったけど、駄菓子屋の裏で怪異絡みの依頼を受ける事があるんだ。情報ぐらいは出せる」
「うん、噂になってるよ。あの駄菓子屋には霊媒師がいるって」
椿は冗談っぽく笑う。
「……俺、霊媒師じゃないけどね……」
ハルはノートを開いて、椿のほうへ滑らせた。
「一つだけ約束してくれ。倒せないと思ったら、すぐに引くこと」
椿は、すぐには頷かなかった。
その僅かな一拍が、今の椿の危うさを何よりも雄弁に物語っていた。それでも、視線だけは逸らさない。
「……努力する」
ハルは胃が痛くなった。
それでも、ここで手を離したら、本当に取り返しがつかない気がした。




