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灯影の駄菓子屋  作者: 沈丁花
三章. 梓鳳学園

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資料室の密会


昼休みの図書室、その最奥にある資料室は、古い紙の匂いと無機質な静寂に満ちていた。


あの日、「教室では話しかけない」という条件を突きつけられてから、ここは二人だけの密会場所になった。


椿は資料室の鍵があいていることを確認すると、静かに中へ入り、内側から鍵をかけた。

先に来ていたレイが深く、重いため息を吐いた。


「……お前、ほんとに言うこと聞かないな」


低い声。怒りというより、もはや諦めに近い呆れが滲んでいる。


「教室で話しかけてないでしょ」


「……授業中に、狐を寄越すな」


授業中、レイの周囲をふわりと舞う小さな白狐。それは椿が彼との繋がりを確かめるための、ささやかな反抗だった。


「目を離したら、またレイがいなくなるかもしれないでしょ」


椿が冗談めかして笑い、隣に座ると、レイは頬杖をついたまま、不機嫌そうに椿を観察した。


レイは離れにいた頃からこうして、椿の顔色を、言葉以上に深く読み取ろうとしていた。


あの日から、レイは九尾の話を一切口にしない。代わりに、購買のパンが売り切れるのが早かったことや、担任の眼鏡がずれていてクラスメイトが笑いを堪えていたことなど、拍子抜けするほど「普通の高校生」らしい雑談を並べた。

椿はそれに応じながら、じっと彼の挙動を追い続けた。


レイは、椿の髪に付いた埃を指先で払う。椿が袖を引き上げると、窓の隙間から入る冷気に気づいたのか、黙って窓を閉めた。


そんなレイの過保護な優しさは、彼が姿を消す直前の、あの年末を嫌でも思い出させて――椿の胸を、鋭く抉った。


会話が途切れた瞬間、レイが資料を手に取ろうと腕を伸ばした。

その一瞬、椿の視界がレイの不自然な硬直を捉えた。


(……肩?)


腕を上げる動作が、わずかに一拍遅れる。

よく見れば、袖口から覗く指の関節には新しい擦り傷があり、爪の先が少し割れていた。


「……レイ」

椿の声が、静寂を裂いた。

「……痛いの?」


レイの指先が、ぴくりと止まる。彼は視線を落としたまま、短く、突き放すように答えた。


「痛くない」


「嘘。……隠さないでよ。九尾のことはもう聞かないけど、レイが傷だらけなのを“何でもない”ことにはできない」


レイは一瞬、何かを言いかけ、喉の奥で言葉を飲み込んだ。


「……そろそろ戻れ。もうすぐ昼休みが終わる」


昼休みの終わりを告げる予鈴が、遠くで鳴った。

レイが先に扉へと向かい、最後に一度だけ振り返る。


「……余計なことはするなよ」


釘を刺すような冷たい言葉。椿は表面上、静かに頷いた。


「わかってる」


けれど、扉が閉まった瞬間、椿の瞳には焦りが滲む。


(……急がないと、レイが壊れる)


レイが守ろうとしているのは、自分の命ではなく、椿の「日常」だ。

けれど、そのために彼が削れていくなら――そんな日常、守らなくていい。


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