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灯影の駄菓子屋  作者: 沈丁花
三章. 梓鳳学園

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(番外編) ノアの秘密


噂が黒川くんの耳に届き、椿ちゃんが屋上へ呼び出されたあの日。


「何があったの? 喧嘩? それとも告白!?」と捲したてるミアちゃんに、椿ちゃんは「何もないよ」とだけ言って、笑った。


でも、あの日から何かが変わった。


昼休みになると、椿ちゃんはふらりと席を立つ。戻ってくるのは早かったり遅かったりで、理由は決して口にしない。


ミアちゃんが「ねぇどこ行ってたの?」と肩を揺らしても、「ちょっとね」と微笑んでおしまい。


その笑い方が、前よりも少しだけ、硝子の向こう側を覗くような秘密の色を帯びていることに、私は気づいていた。


午後の授業中、ふと視界の端で紙が揺れた。

黒川くんの机の上。配られたばかりのプリントの角が、誰かに指で撫でられたみたいに、ふわりと浮いて、また落ちた。


窓は閉まっている。風なんて、どこからも入っていないのに。


黒川くんは、ペンを止めない。

でも視線だけが、時折、机の端の――“何もないはずの空間”へと落ちて、そこにじっと留まった。


(……何か、いる)


ほんの一瞬。

頬杖をついた彼の指の角度が変わり、冷徹だった目が、ほんの少しだけ柔らかくなった気がした。

本当に“気がした”だけ。彼は相変わらず無表情で、誰とも言葉を交わさない。


それでも、あの視線は、拒絶じゃなかった。


椿ちゃんの方を見ると、彼女はノートを開いたまま、何でもない顔をして前を見ている。けれどペン先が一度だけ止まり、指先が小さく動いた。

机の下で、密かな合図を送るみたいに。


その直後だった。

黒川くんの机の端の“空気”が、また嬉しそうに揺れる。


会話だ。

そこには、私たちには聞こえない、声のない対話がある。


私は図書室の一件以来、たまに“気配”だけを拾うようになった。

あれが何かは、はっきりとは言えない。言葉にした瞬間、あの二人の間に流れる平穏が壊れてしまいそうで。


「最近さ、椿ちゃん恋バナしてくれないの。寂しくない?」


ミアちゃんが小声でぼやいた。私は、黒川くんの横で微かに揺れ続ける“空気”を見つめたまま、静かに頷くだけにした。


「……たぶんあの二人、うまくいってるよ」


「えっ、どこが!? 何があったの!?」


ミアちゃんが身を乗り出す。

でも私は首を横に振る。

聞いたら、だめだ。


見えないふりをしてるから、続いてる時間がある。


あれは、恋みたいに穏やかで――

恋より、危うい。


だから私は、ただ口を閉じる。

椿ちゃんが、やっとの思いで掴み取った大切な“居場所”を、誰にも踏ませないために。


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