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灯影の駄菓子屋  作者: 沈丁花
三章. 梓鳳学園

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無関係の証明


教職員室の空気は、暖房が効いているはずなのにどこか薄ら寒かった。


担任が差し出した数枚の書類。その保護者欄には、レイが会ったこともない遠縁の名がある。

そして「手続き代理人」の欄には、整った字で久世の名が記されていた。


「……手続きはすべて、そちらの代理人の方が済ませてくれた。当面の生活や学費の心配はいらないと聞いている」


担任は一度言葉を切ると、少し声を落として付け加えた。


「ご両親の件は……本当に災難だったな。君さえ良ければ、放課後でもいつでも相談に乗る。何かあれば遠慮なく言ってくれ」


その言葉には、同情と、それ以上に「厄介な家庭事情に深入りしたくない」という保身が透けて見えた。


用意された書類は、学園側が異論を挟む余地もないほど完璧だった。それが今のレイには、自分の首に巻き付いた見えない鎖の感触を、より冷たく、硬くさせた。


「……わかりました。失礼します」


書類を受け取り、最低限の礼を告げて部屋を出る。

手の中にある紙切れ一枚。これが、自分の「日常」が完全に九尾の管理下に置かれたことを示す証明書だ。


廊下を歩けば、すれ違う生徒たちが一瞬だけ会話を止め、こちらを窺う気配が刺さる。耳に入るのは、形になりきらない噂の欠片。

「……見た? 灯郷さんが……」

「え、黒川?…」

「イメージと違う……」


教室で、椿が弾かれたように立ち上がった瞬間を思い出す。

目元に薄いクマが浮いているのが分かった。まともに眠れていないのかもしれない。


レイは奥歯を噛み締めた。


椿がなりふり構わずレイを追ったことは、すでに学園の秩序に小さな波紋を広げている。

波紋は、やがて久世の耳に届く。


久世は、椿の「ともしび」の価値を狙っている。

もしレイと椿が「親密である」と確信すれば、久世は迷わずレイを道具にするだろう。レイを人質に、あるいは交渉材料に、椿をあちら側の世界へ従わせる。


椿を守るために、自分が彼女の「弱点」になってはならない。

そのためには、何が何でも、ただの無関係な他人でい続ける必要があった。


教室に戻ると、レイの席に一人の女子生徒が立っていた。


来栖(くるす)ミア。一学期、椿の隣でよく笑っていた女子生徒。


「あ、黒川くん、おかえりぃ」


ミアが手に持っていたのは、三学期の係決めを記したプリントだった。


「先生に頼まれちゃってさぁ。黒川くん休みがちだったし、余ってた図書係に名前入れといたけど。……だめだった?」


レイは立ち止まった。

めんどくさい。逃げ道のない角度で差し出された紙に、ため息が漏れる。


「……ああ。それでいい」


「お、そっけないねぇ。じゃあ、これ放課後に図書室に出しといてね。あ、場所わかる? ミアが案内してあげても――」


「場所はわかってる」


それだけを言い残すと、レイはミアの脇をすり抜けて席に着いた。

ミアが「冷たーい」とおどけて見せる声が聞こえたが、それにも反応しない。


ただ椿を避けるだけでは足りない。

いつか彼女が、自分を「追うに値しない冷酷な人間」だと見切るまで。


それが、レイがこの平和な学園で自らに課した、最も過酷な任務だった。


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