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灯影の駄菓子屋  作者: 沈丁花
三章. 梓鳳学園

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凍てつく境界線


私立 梓鳳しほう学園の三学期は、凛と張り詰めた冷気の中で幕を開けた。


始業式の最中、椿の視線は無意識に生徒の列を彷徨っていた。体育館にも、その後の教室にも、彼女が待ち望んだ人影はない。


(……やっぱり、もう戻ってこないの?)


「接触のチャンスは冬休み明けだ」というハルの言葉だけを支えに、この日を待っていた。だが、目の前の空席は、触れれば指先が凍りつきそうなほどに、ただ空虚だった。


クラスメイトたちが再会の喧騒に興じる中、椿は窓の外を眺め、感覚の失せた指先を握りしめていた。


後方の扉が静かに開いた。

雑踏に紛れるような小さな音だったが、近くに座っていた生徒数人の話し声が、ふっと途切れる。


入ってきたのは、黒川レイだった。

目に鋭い影を落とし、その冷たさは、この平穏な教室では異様なほどに浮き上がって見えた。


「レイ!」


椿は弾かれたように立ち上がった。


レイの足がわずかに止まり、ゆっくりと椿に視線を向けた。けれど、そこに再会を喜ぶ情などは宿っていない。

レイは一言も発さないまま、椿という存在がそこにはいないかのように、再び歩き出した。


「待って、レイ。話が――」


椿が食い下がり、その腕に手を伸ばそうとした瞬間。

レイは、触れられることすら拒むように、わずかに身を引いた。椿の指先が、空を切る。


完全に心を閉ざしたその背中に、それでも声をかけようとした時。


「黒川。……ちょっといいか」


担任の声が、教室の音を切った。


レイは顔を上げた。伸びかけた指先だけを視界に入れて、外す。椿を振り返らないまま、教師の後に続いて教室を出て行った。


「あ……」


伸ばした手が、行き場を失って力なく下りる。会話を成立させることすら叶わなかった拒絶の余韻が、指先から熱を奪っていく。


「……ちょっとちょっと! 椿ちゃん、今の、何!?」


甘い香りと共に、ミアがひょいと顔を覗かせた。

その背に隠れるように、ノアが控えている。

一学期はよく話していたのに、夏以降、まともに目を合わせていなかった友人だ。


「……え?」


レイ以外を排除していた椿の視界に、ようやくノイズのような他人の姿が入り込んだ。顔を背けようとした椿を、ミアの執拗なまでの上目遣いが逃さず捉えた。


「とぼけないでよぉ! 椿ちゃんが男子を追っかけるなんて……。しかも黒川君って…怖くないの?」


「……レイの何が怖いの?」


「え?すごい殺気じゃん!さっきだって……。もしかして、二人って付き合ってたりする?」


ミアは自分で言っておいて、わざとらしく驚く素振りを見せる。


「ミアちゃん、そんなはっきり聞いたらダメだよ……」


ノアが慌ててミアをなだめるが、ミアは止まらない。


(……しょうもないな)


「付き合っている」だの「恋」だのという安っぽい言葉で括られることに、椿は嫌悪を覚えた。


「……付き合ってないけど」


「えー、そうなの!? じゃないってことは、椿ちゃんの片想い系? ……わかった、ミアが協力してあげるよぉ!」


「……協力?」


「そう! 黒川くんってさ、全然喋らないし近づくの難しいじゃん? だから、二人きりになれるようにミアが空気作ってあげたりとかさ!」


おもちゃを見つけた子どものようにはしゃぐミアの横で、ノアが眉を下げて椿を見た。


「ご、ごめんね、椿ちゃん。ミアちゃん、悪気はないの……!」


これ以上話すこともないと、椿は席に戻ろうとして、ピタッと足を止めた。


レイには、あんなにも冷たく拒絶された。

今の彼に近づくには、使えるものはすべて使うべきではないか。


椿はもう一度ミアの顔をまじまじ見つめると、灯郷家で叩き込まれた笑顔を浮かべた。


「……うん。好きだよ」


「……えっ?」


「レイが好きなの。だから、協力してくれる?」


ミアの言葉が止まった。ノアもまた、驚きに目を見開いている。


「あ、の……椿ちゃん? 意外とストレートだね……? 照れたりしないの?」


「照れる? なんで?」


天気の話でもするかのように放たれた、迷いのない肯定。

その笑顔のまま一歩も引かない椿の迫力に、ミアは一瞬、返す言葉を失ったように立ち尽くした。


「……そ、そうなんだ……。椿ちゃん、夏からキャラ変しててちょっと怖かったけど……今の方がおもしろいかも」


ミアはスキャンダルを見つけた野次馬のように、いたずらっぽく笑う。


「ごめんね。怖がらせてたと思ってなくて。ノアも、また仲良くしてくれると嬉しいな」


ノアの肩がびくりと微かに跳ねるのを椿は見逃さない。


「……あ、うん。よろしくね、椿ちゃん」


ノアは恐る恐る返事をした。


椿はその声を背中で受け止めながら、レイが消えた廊下をただ見つめた。

利用できるものは、何でも使う。それが、彼をこの日常に繋ぎ止めるための、椿の戦い方だった。


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