冬の陽だまり、束の間の休息
嵐のような年明けから、静かに、けれど確実に時間は過ぎていく。
レイが消えた後の空白を埋めるように、ハルと椿の間では「次の一手」についての話し合いが続いていた。
そんな緊張感の続く日々の合間に訪れた、穏やかな午後のひととき。
正月休みが明け、世の中が少しずつ日常を取り戻し始めた頃。
駄菓子屋の古い引き戸が、勢いよく開いた。
「ハル。あけおめ」
入ってきたのは、派手な髪色を揺らしたエマだ。寒さを吹き飛ばすような、相変わらず威勢のいい口調。
「あけましておめでとう、エマ。今年もよろしくね」
「ことよろ〜。マジ、マジで寒すぎじゃね?」
エマは断りもせずにレジ前へ椅子を引きずってくると、ドカッと座って退屈そうに頬杖をついた。
「あー……椿不足だわ、マジで。年越しも初詣も、あいつ誘ったのに全スルーだし。一緒にしたかったんだけどなー」
昨夜、椿から「明日、店に行くね」と連絡があったのを、ハルは思い出した。けれど、彼女がレイの件で命懸けの覚悟を決めていることなど、事情を知らないエマには話せない。
「椿も忙しいんだよ。……あそこは、いろいろと大きな家だからね」
「まあ、分かっちゃいるけどさー…」
ガラガラと戸が開く。
そこには、少し顔色の白い、けれど落ち着いた眼差しをした椿が立っていた。
「椿!」
エマが弾かれたように立ち上がって駆け寄る。
「え?……エマ!」
「久しぶりすぎ! 何してたんだよ椿、冬休み前から全然捕まんないし、マジ寂しかったんだからね!」
エマの猛烈な勢いの抱擁に押し流され、椿の表情がふっと柔らかくなった。
「……あはは、ごめん。本当に、ちょっとバタバタしちゃってて」
「二人とも、まあ座りなよ」
ハルは苦笑しながら、奥からもう一脚、椅子を出した。
レイがいなくなってから、椿がこんなふうに年相応の顔を見せたのは、初めてかもしれない。
「……で? 椿がそんなに忙しかった理由って何? ぶっちゃけさ……男?」
「……えっ、男?」
椿が固まる。ハルも思わず手を止めた。
「彼氏でもできたのかって聞いてんの」
「……っ、彼氏!? そんなわけないでしょ、やめてよ」
椿がお茶を吹き出しそうになって激しくむせる。その反応を見て、エマはさらにニヤニヤと身を乗り出した。
「じゃあ……彼女とか? 意外と女の子にモテる系?」
椿がこらえきれずに吹き出した。
「あはは! なんで全部そっちなの? そういうのじゃないってば。本当に」
「だよねー。椿、そういうの興味なさそうだもんな。ハルも言ってたよ、“そういうのは椿にはまだ早いだろ”って」
「俺がいつそんなこと言ったよ」
ハルは肩をすくめたが、エマは構わずガハガハと笑い飛ばす。
よかった、とハルは胸の内で呟いた。
椿が背負い込んでいる重荷を、ほんの一瞬でも忘れさせてくれるエマの存在に、今は心底救われる思いだった。
それからしばらく、エマの最近買ったコスメの話や、冬休みに出かけた場所の話が続き、椿はそれを穏やかな笑顔で聞いていた。
けれど、暖房の効いた店内の温かさと、信頼できる友人の声に安心したのだろう。
気づけば椿は、椅子に座ったまま、コクリと頭を揺らして眠りに落ちていた。
「……椿、マジで疲れてたのかな」
エマが声を潜め、不思議そうに椿の寝顔を覗き込む。
「エマに会って、気が抜けたのかもね」
「なにそれ。遠回しな悪口?」
「いい意味で、だよ」
ハルは優しく微笑んで、椿の目の下に薄く刻まれたクマを見つめた。
「少し寝かせてあげよう」
ハルは店の奥から毛布を持ってくると、眠る椿の肩にそっと掛けた。
静かな寝息が、雪の日の午後に小さく響く。
外は相変わらず冷たい風が吹いている。
それでもこの店の中だけは、優しい時間が流れていた。




