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灯影の駄菓子屋  作者: 沈丁花
二章. 椿の屋敷

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冬の陽だまり、束の間の休息

嵐のような年明けから、静かに、けれど確実に時間は過ぎていく。

レイが消えた後の空白を埋めるように、ハルと椿の間では「次の一手」についての話し合いが続いていた。

そんな緊張感の続く日々の合間に訪れた、穏やかな午後のひととき。


正月休みが明け、世の中が少しずつ日常を取り戻し始めた頃。

駄菓子屋の古い引き戸が、勢いよく開いた。


「ハル。あけおめ」


入ってきたのは、派手な髪色を揺らしたエマだ。寒さを吹き飛ばすような、相変わらず威勢のいい口調。


「あけましておめでとう、エマ。今年もよろしくね」


「ことよろ〜。マジ、マジで寒すぎじゃね?」


エマは断りもせずにレジ前へ椅子を引きずってくると、ドカッと座って退屈そうに頬杖をついた。


「あー……椿不足だわ、マジで。年越しも初詣も、あいつ誘ったのに全スルーだし。一緒にしたかったんだけどなー」


昨夜、椿から「明日、店に行くね」と連絡があったのを、ハルは思い出した。けれど、彼女がレイの件で命懸けの覚悟を決めていることなど、事情を知らないエマには話せない。


「椿も忙しいんだよ。……あそこは、いろいろと大きな家だからね」


「まあ、分かっちゃいるけどさー…」


ガラガラと戸が開く。

そこには、少し顔色の白い、けれど落ち着いた眼差しをした椿が立っていた。


「椿!」


エマが弾かれたように立ち上がって駆け寄る。


「え?……エマ!」


「久しぶりすぎ! 何してたんだよ椿、冬休み前から全然捕まんないし、マジ寂しかったんだからね!」


エマの猛烈な勢いの抱擁に押し流され、椿の表情がふっと柔らかくなった。


「……あはは、ごめん。本当に、ちょっとバタバタしちゃってて」


「二人とも、まあ座りなよ」


ハルは苦笑しながら、奥からもう一脚、椅子を出した。


レイがいなくなってから、椿がこんなふうに年相応の顔を見せたのは、初めてかもしれない。


「……で? 椿がそんなに忙しかった理由って何? ぶっちゃけさ……男?」


「……えっ、男?」


椿が固まる。ハルも思わず手を止めた。


「彼氏でもできたのかって聞いてんの」


「……っ、彼氏!? そんなわけないでしょ、やめてよ」


椿がお茶を吹き出しそうになって激しくむせる。その反応を見て、エマはさらにニヤニヤと身を乗り出した。


「じゃあ……彼女とか? 意外と女の子にモテる系?」


椿がこらえきれずに吹き出した。


「あはは! なんで全部そっちなの? そういうのじゃないってば。本当に」


「だよねー。椿、そういうの興味なさそうだもんな。ハルも言ってたよ、“そういうのは椿にはまだ早いだろ”って」


「俺がいつそんなこと言ったよ」


ハルは肩をすくめたが、エマは構わずガハガハと笑い飛ばす。


よかった、とハルは胸の内で呟いた。

椿が背負い込んでいる重荷を、ほんの一瞬でも忘れさせてくれるエマの存在に、今は心底救われる思いだった。


それからしばらく、エマの最近買ったコスメの話や、冬休みに出かけた場所の話が続き、椿はそれを穏やかな笑顔で聞いていた。


けれど、暖房の効いた店内の温かさと、信頼できる友人の声に安心したのだろう。

気づけば椿は、椅子に座ったまま、コクリと頭を揺らして眠りに落ちていた。


「……椿、マジで疲れてたのかな」


エマが声を潜め、不思議そうに椿の寝顔を覗き込む。


「エマに会って、気が抜けたのかもね」


「なにそれ。遠回しな悪口?」


「いい意味で、だよ」


ハルは優しく微笑んで、椿の目の下に薄く刻まれたクマを見つめた。


「少し寝かせてあげよう」


ハルは店の奥から毛布を持ってくると、眠る椿の肩にそっと掛けた。


静かな寝息が、雪の日の午後に小さく響く。


外は相変わらず冷たい風が吹いている。

それでもこの店の中だけは、優しい時間が流れていた。

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