静かなる共謀
ハルは、隣を歩く椿の横顔を盗み見た。
灯郷の屋敷で見せた、あの脆く危うい椿。レイという拠り所を失えば、音もなく壊れてしまう――そう危ぶんでいた。
けれど椿は、やはりハルの知る椿のままだった。
「レイを、連れ戻す」
短い言葉に宿る熱が、胸の奥をほどく。ハルは小さく息を吐いた。
夜中、雪まみれで駄菓子屋に現れたレイが残した言葉が、まだ耳の奥にこびりついている。
『ハル、椿を頼む』
行き先も告げず、椿の安全だけを託して闇へ消えた男。
——二人とも、不器用なところだけはよく似ている。
その時、椿が唐突に言った。
「……ハルは、レイとどんな知り合いなの?」
迷いのない目だった。ハルは視線を泳がせ、古い記憶の蓋を開ける。
「前に、家出してた時期があるって話しただろ。……その時、一緒に路地裏で生活してたんだ」
椿の足が止まる。驚きに目を見開いた。
「あ……前に少し話してくれたよね。……その時、レイもいたの?」
「一年くらいだけどね。二人で泥を啜るような毎日だった」
ハルは一度、言葉を切った。
「……でも、ある夜に事件があって。俺は目が覚めたら病院のベッドにいた。レイがどうなったかは分からなかった。探し出せなかったんだ。……みんな、死んだと思ってたよ」
積もった雪を見つめる。白さが、あの夜の暗さを余計に際立たせた。
「その後の空白で、レイが何をしてたのか。そこに、あいつを縛る答えがあるはずだ」
椿はまっすぐに見つめ返してくる。瞳には静かな決意が宿っていた。
「調べる……のは難しいよね。やっぱり、レイ本人に聞くしかないのかな」
「そうだな。冬休み明けに学校に来るなら、そこが一番の接触ポイントだろう」
「結局、会わないと何も進まない……」
そこで椿が、ふっと息を呑んだ。
「……リンは? レイの弟の…リン」
ハルの表情が一瞬、硬くなる。
「……でもその子は怪異の力を使ってたんだろ? 危なくないか?」
「でも、また会いに来るって言ってた。どっちにしても、会うことになると思うの」
椿の言葉に迷いはない。
「レイとリン。二人を救うのは、同時進行だよ」
ハルは、レイが何も言わず椿の前から消えた理由を、ようやく腹の底で理解した。
真実を話せば、椿はこうして自分から危険に踏み込む。だからレイは、言えなかったんだろう。
――いや。本当は、俺も分かっていた。
希望を渡せば、椿が動くことは予想できた。それでも話した。ハル自身も、レイを放っておけなかったからだ。
(……あとで、ひどく怒られるだろうな)
苦笑を飲み込み、ハルは強く頷いた。
「わかった。でも一つだけ約束してくれ。単独行動はやめよう。何か動いたら、すぐ連絡して」
「……うん。わかった」
「二人と接触できるチャンスは、どちらにしても冬休み明けだ。それまでは俺もできる事をやるよ。小箱の事も調べないとな。それと……椿はちゃんと休んで」
ハルは椿の肩に、そっと手を置いた。
「戦うには、体力がいる」
「……ありがとう、ハル」
椿の返事は、雪解け水みたいに静かで、それでも芯があった。
冷たい新年の風が吹き抜ける。
二人が見据える先には、闇に消えた一人の少年の背中があった。




