表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
灯影の駄菓子屋  作者: 沈丁花
二章. 椿の屋敷

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

33/43

再会


書庫への侵入は、拍子抜けするほど滑らかだった。


勝手口の鍵は、最初からその口を開けて待っていた。椿の手回しか、あるいは正体不明の「協力者」の仕業か。


考える余裕などない。ハルは影に紛れ、その深淵へと足を踏み入れた。


扉の向こう側は、別世界だった。


乾いた紙と墨、そして数十年分の沈黙が冷たく堆積している。最低限の灯りが、巨大な本棚の影を化け物のように長く引き伸ばしていた。


(……ここだ)


ハルは息を殺し、棚の隙間へと滑り込んだ。


目当てはただ一つ。「怪異の力を振るう人間」——その禁忌に触れる記録。


帳面、綴じ本、断片的な切り抜き。見出しを拾い、頁をめくる。指先が黒く汚れるのも構わず、情報を貪り食うように視線を走らせる。


「残り香」「憑依」「同化」……そして、「融合」。


記録は、山ほどあった。灯郷家の歴史は、血と怪異で塗り固められている。


なのに。


(……ここもか)


不自然な欠落が、ハルの指先を止めた。


重要な章の途中で、頁が乱暴に引き千切られている。綴じ糸が鋭利な刃物で断たれ、特定の情報だけが丁寧に、かつ執拗に抜き取られた痕。


燃やされたのではない。これは、誰かが「手元に置く」ために奪い去った跡だ。


(捨ててない。……隠しているんだ)


ハルはスマホのシャッターを切った。破り目の繊維、指の脂で光る端、掠れた墨の跡。画面越しに、沈黙の証言をすべて記録していく。


いつまでいられるか。心臓の鼓動が耳障りなほど大きく響く。


その時、外から微かな「音」が届いた。


……足音。


(狐の合図はない……誰だ?)


ハルは咄嗟に棚の影へ身を潜め、入口を凝視した。


重い扉が軋み、ゆっくりと開く。


「……何もいないわね」


女の声。独り言のように冷淡な響き。


ハルは背筋を走る戦慄を抑え、死角へ移動しようとした。だが——


ギ、と床が低く鳴った。


一瞬、足の裏に伝わる妙な浮遊感。


(……床下、空洞か?)


思考がそこに触れた瞬間、女の足音がぴたりと止まった。


「……誰?」


空気が凍りつく。見つかる、と確信したその瞬間。

カチリ、と硬質な音を立てて、逃げ道を塞ぐように扉が閉まった。


風が抜けるような、軽やかで暴力的なまでの速度。

女が振り向くより早く、闇から伸びた腕がその細い首筋を捉えた。


ドサリ、と重苦しい音が沈黙を上書きする。


糸が切れた操り人形のように崩れ落ちた女の背後に、一人の男が立っていた。


月明かりが、ずれたフードの隙間から、彼の黒い髪を銀色に縁取る。


男は冷徹な眼差しで、気絶した女の意識を確認し——。


ハルは、その横顔から目を逸らせなかった。


脳の奥底に焼き付いた、忘れようとしても忘れられない輪郭。


「…………レイ、なのか?」


男の手が、止まった。


静寂。一拍ののち、男がゆっくりと顔を上げる。その瞳が、夜空のような深さでハルを射抜いた。


「………ハル?」


名前を呼ばれた瞬間、喉の奥が熱く、変な形に固まった。


再会を喜ぶ暇も、恨み言をぶつける余裕も与えられない。



「レイ! ハル!」


扉を蹴破るようにして、椿が飛び込んできた。


華やかな宴の装いを纏いながら、なりふり構わず二人を呼ぶ声。レイが鋭く制する。


「大きな声を出すな。話は後だ。……こいつを運び出すぞ」


レイは迷いなく女を抱え上げた。その背中には、感傷を許さない切迫感が漂っている。


ハルは頷きかけ、——けれど、先ほど踏み抜いた「床」に、強烈な違和感を覚えた。


埃が薄い。誰かが何度も踏み、隠し、開けてきた跡。


ハルは、逃げ出す足を引き止め、指先を板の隙間にねじ込んだ。


(……ここだ。ここにある)


爪が隙間に食い込む。板が、わずかに浮き上がった。


この下に、灯郷家が隠し通してきた“何か”がある。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ