クリスマス
駄菓子屋の前は制服の群れが途切れず、いつもより甘い匂いがする。赤と緑の装飾が、冬の冷え込みを華やかに塗り替えていた。
それでも、ハルの視線は入口に落ち着かなかった。
昨日の電話。
椿は短く言った。
「協力者が増えた」
それだけで、胸の奥が落ち着くどころか、逆にざわついた。
増えたって、誰が。
鈴が鳴る。冷たい空気が一枚、店に滑り込む。
「…椿、いらっしゃい」
椿は店内を一度見回した。人が少ないのを確認するみたいに、視線が棚をなぞる。
ハルはレジの前で、言い方を探してから切り出した。
「昨日の、あれ。……どういうこと? “協力者が増えた”って」
椿は、少しだけ唇を噛んだ。迷っているというより、言葉を最短に削っている顔だった。
「昨日伝えた通りだけど、私が集まりに参加することになったの。…ハル一人に、危ないことはさせられないから」
椿は鞄から紙袋を取り出して、カウンターの上に置いた。
紙が擦れる音がやけに大きく聞こえる。
「これ、服」
「……え」
「私服で入ったら浮くでしょ。だから、これ着て」
紙袋の中には、見ただけで分かる“ちゃんとした”服が入っていた。新品の匂いがする。
ハルは思わず眉を寄せる。
「こんな高そうなの、もらえないよ……って言いたいけど」
今夜は、そんな綺麗事で守れる夜じゃない。
椿が、少しだけ目を細める。
「言わないで。こんなの、ハルの協力に比べればお礼にもならないよ」
「……ありがとう」
受け取るしかなかった。
今夜は些細な綻びすら許されない。
椿が続けて、折り畳んだ紙を取り出した。手書きの地図。線が細いのに迷いがない。
「正面から来客を装って入る予定だったけど…」
椿の指先が、地図の正面玄関を軽く叩く。
「一人だけ違う動きをしたら、目立つ」
指が裏へ滑る。勝手口の線。
「だから、この裏口から入って。……夜までに、通れるようにしておく」
ハルは地図を覗き込む。
椿の家が“家”じゃないことを、こういう時に思い知らされる。
「で、協力者って……どんな人?」
問いかけると、椿の目が一瞬だけ揺れた。すぐに戻る。
「…猫。訳ありなの」
――訳ありの猫。
(…椿らしいな)
「この前拾った子か。…わかった。詳しくは聞かないよ」
「…ありがとう。見張りを任せてるから、ハルはその合図で動く事になる。私もできるだけ早く合流するから」
椿の手のひらに、淡い光がふっと滲む。ちいさな狐。息をしているみたいに揺れる。
「尻尾を立てたら止まれ。揺れたら進め」
椿の声は低く、ゆっくりだ。覚えさせる声だった。
「本当にまずい時は、狐に伝えて。すぐに行くから」
狐は鳴かない。ただ、耳だけ動かして辺りを聞く仕草をした。
ハルの背筋が少しだけ伸びる。
「……分かった」
椿は地図を折り畳む。カウンターの端で指先が強くなった。
「ハル…無理はしないでね」
「椿もだよ」
椿は頷いた。
「じゃあ、また夜にね」
店を出る前、椿は一度だけ振り返った。
「……ありがとう」
ハルは咄嗟に、笑う形だけ作った。
「どういたしまして」
椿が去ったあと、ハルは地図を広げて最終確認をした。
日が落ちるころ、紙袋の服に袖を通す。サイズはぴったりだった。嫌な汗が背中を伝う。
失敗は、許されない。




