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灯影の駄菓子屋  作者: 沈丁花
二章. 椿の屋敷

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作戦会議


椿は机の上に広げたノートと、昨夜から開きっぱなしの古本の頁を見つめていた。頭の片隅に、昨日の声が引っかかったまま離れない。


――クリスマスの宴会には必ず出席しろ。


クリスマスはもう翌日に迫っている。

紙をめくる指が止まる。息を吐いたところで、扉が小さく叩かれた。


「……今いいか?」


「うん。入って」


扉が開いてレイが顔を出した。朝から妙に目が冴えている。


「昨日の本」


それだけで要件が伝わった。椿は視線を逸らさずに頷く。


「……リンのこと、調べてるのか」


「うん。……でも、なかなか見つからないの」


椿は本を閉じ、指で背表紙を撫でた。


「明日、家の書庫を見に行くつもりだったんだけど……」


言いかけて、椿は小さくため息を落とした。


レイは椿の反応を見て、ほんの少し眉を寄せた。


「入れない事情があるのか」


「……うん」


椿は机の端に手をついた。力を入れないと、声が揺れそうだったからだ。


「私はもう跡取りの候補から外れてる。……だから、母屋の書庫に入る権限がないの」


言ってしまえば、あっけなかった。ひどく単純な理由のくせに、そこには壁がある。厚い壁が、いつでも当たり前みたいに。


「夜に忍び込むつもりだった。人目につかない時間を狙って」


レイの視線が一瞬だけ鋭くなる。


「……昨日の男が話してた"宴会"か」


椿が答えるより先に、レイは息を吐いた。苛立ちに近い音なのに、椿を責める方向じゃない。


「お前さ、そういうことはもっと早く言えよ。ひとりで抱えるな」


言い方は乱暴でも、言葉の芯が揺れていない。椿は、言い返す準備だけして黙った。必要なのは反論じゃないと分かってしまったから。


レイは続ける。


「俺が行く」


椿の胸が小さく跳ねた。反射的に首を振る。


「動けるようになったからって、怪我も治ってないのに無理だよ。……今の状態で母屋をうろついたら、余計に目立つし」


レイは椿の言葉を遮らなかった。椿が言い終わるのを待ってから、落ち着いた声で押し返してくる。


「でも行かなきゃ何も進まないんだろ。リンは俺の弟だ。……それに、こういう事は俺のほうが慣れてる」


“慣れてる”という言葉が、椿の喉の奥で引っかかった。

怪異と戦うこと、隠れて動くこと、痛みを飲み込むこと。全部まとめて「慣れてる」で片づけるその雑さが、レイらしい。


椿は唇を噛み、机の上の紙を一枚引き寄せた。白い紙の上に、昨夜から描き直していた母屋の簡単な見取り図がある。


「……レイの護符糸は、使えるかも」


そう言いながら、椿は自分の声が少しだけ弱いことに気づく。


(…ハルに頼ったのも、私の弱さだ)


それでも、レイの提案を断って上手くいく確証もない。


椿は、視線を図の一点に落としたまま、ゆっくり頷いた。


「分かった。……でも条件がある。無茶したら、止めるから。絶対に」


レイはふっと笑った。


「止められるもんなら止めてみろよ」


挑発みたいに聞こえるのに、椿はなぜか息が少し楽になった。軽く言い合える距離に、いつの間にか来ていた。


椿はスマホを取り、番号を押す。呼び出し音が二回鳴って、すぐに繋がった。


『もしもし? 椿?』


ハルの声は相変わらず穏やかで、朝の音に馴染む。椿は一度だけ呼吸を整える。


「うん。急にごめんね。明日、私も灯郷の宴会に出席することになったの。それで……今から作戦を練り直そうと思うの」


『出席って――』


「詳しくは明日話す。お店に寄るから。あと……協力者が増えたの」


『協力者?』


「うん。それも明日。ごめんね、負担かけちゃうけど…」


要件だけ伝えて、椿は通話を終えた。余計な言葉を足すと、不安が漏れる気がしたからだ。


スマホを机に置いた瞬間、レイの視線が椿に刺さった。


「……他にも誰かいるのか」


「友達だよ」


椿はそれだけ答えて、紙を引き寄せたままペンを取った。とにかく今は、急いだ方がいい。


「明日の宴会は年に一度の大規模なもの。名前も知らないような遠縁の親戚まで集まる。それに加えて明日は……」


椿の握りしめた手に力が籠る。

――縁談


「灯郷の血筋を狙う奴らも集まる、ってことか」


レイの言葉に、椿は無意識に自分の腕を抱いた。薄氷の上を歩くような、あるいは品評会に出される家畜のような、得体の知れない寒気が背中を這う。


「……うん。だから、明日は正面から入っても目立たないと思うの。リスクはあるけど…」


「入った後の動きが不自然だと、逆に顔を覚えられないか?」


ペン先で見取り図の廊下をなぞる。書庫へ繋がる角。使用人の動線。夜に人が減る場所。


「最初から隠密の方がいいかな?…裏口から入って、廊下を二本抜ける。ここは見張りが薄い。……でも、近づく気配にはすぐ気づけない」


「俺が糸で拾う」


レイが自然に言って、椿はペンを止めた。

“俺が”という主語が、昨日よりずっと当たり前に出てくる。椿の計画の中に、レイがいる。“一人”じゃない。


「…じゃあ、私が通信灯になる。私は狐と感覚が共有される。合図さえ決めれば意思疎通ができる」


音を立てるわけにはいかない。だから合図は言葉じゃなく、視線と動きと、決めた時間で繋ぐしかない。


「宴会が始まってすぐが、1番人が集中する。だからその間に侵入する。私は……なるべく早く抜けて合流する」


レイが椿の手元を見た。ペンの握りが強いのが、ばれている気がした。


「…ひとつ聞いていいか?」


レイの言葉に顔をあげる。


「見つかったら、お前はどうなる?」


椿は言葉が詰まりそうになって、いったんペンを置いた。


この家が、書庫に何かを隠していたとしたら――今度は、罰じゃ済まないかもしれない。


「…言えなければいい。俺は見つからないために動く。お前は時間を稼げたら十分だ」


椿は、胸の奥が少しだけ温かくなるのを感じた。

ひとりにしない。そういう類の優しさだった。


「……ありがとう」


椿が言うと、レイは視線を逸らして窓の外を見た。


「礼はいらない。リンの件は、俺の問題だ」


言いながらも、レイは机の上の紙に手を伸ばして、ペンを取った。


「ここ、死角ができるから避けろ。……お前は足音が出るから」


「ひどい」


「事実だろ」


やり取りが、少しだけ軽くなる。椿は無意識に口元が緩んだ。


誰かと並んで同じ紙を見ているだけで、こんなに違うのか。


二人で紙の上に線を重ねていく。

ただそれだけのことなのに、白かった図面が、今は二人だけの道標に見えた。


明日の夜、この線の先には何が待ち受けているか分からない。


けれど、一人きりで震えていた昨夜よりも、今の指先のほうがずっと確かで、温かかった。

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