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灯影の駄菓子屋  作者: 沈丁花
二章. 椿の屋敷

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夜明けの雪解け


朝の気配が、薄いカーテンの隙間から静かに忍び込んできた。


目を開くと、昨夜と変わらない椿の部屋。


椿を一人にできなくて、結局床で、ベッドを背にして寝落ちした。

首が痛い。肩が凝っている。


(……面倒くさい女だ)


椿の寝顔を覗き込む。


呼吸はまだ浅い。少し乱れている。

額に汗が浮いている。頬が熱っぽく赤い。


――あんなふうに崩れる椿を、レイは知らなかった。


引き金はわからない。おそらく、暗闇だったのだろう。

昨日、椿は爪で布団を引っ掻いていた。


指先に視線が落ちる。たぶん、やっと伸びてきた爪だった。


あの日の言葉が、頭から離れない。

触れてはいけなかった。


自分が投げかけた一言が、彼女をここまで追い詰めたのかもしれない。


罪悪感が、胸の奥で鈍く疼く。


立ち上がって、タオルと空のコップを手に取る。

この数日でわかったことがある。

椿は水をよく飲む。心が揺れているときほど、余計に。


コップに水を満たし、枕元に置く。

冷たいタオルを折り畳んで、そっと額に乗せた瞬間、

椿の睫毛が小さく震えた。


「…レイ?」


掠れた声。いつもよりずっと弱々しく、壊れそうな響きだった。


「もう少し寝てろよ」


椿は返事の代わりに、額のタオルに指先を這わせた。


「…これ」


「嫌なら取るか?」


ゆっくり首を振る。

その動きに合わせて、一筋の涙が落ちた。


そして、彼女は見たことのない、脆くて儚い笑みを浮かべた――

でも、その笑みはすぐに歪んだ。


「もしかして、私…看病されてる?」


声が震えていた。


「…それ以外、何があるんだよ」


その涙には触れなかった。

触れたら、椿はまた殻に閉じこもってしまう気がした。


椿はタオルを落とさないよう、指先でそっと押さえた。


まるで、初めて手に入れた光を、両手で抱き締めるように。


その仕草が、甘える子供のように見えて――

でも、同時に、壊れかけのガラスのようにも見えた。

一瞬、胸の奥が熱くなり、同時に痛んだ。


椿は視線を落とした。


「……電気、ついてないと息ができないの」


ぽつり、と零れた言葉。闇の底から、ようやく浮かび上がった声。


「……ああ」


レイは一瞬、息を止めた。

自分の過去の暗闇が、胸の奥でざわついた。

何も訊ねなかった。深く踏み込まなかった。


今、椿は試しているのだとわかったから。

どこまで許されるのか。どこまで本当の自分を見せても、拒絶されないのか。


「電気は消さないから」


そう言って、水の入ったコップを差し出す。

声が、わずかに低くなった。


椿はそれを受け取る前に、また涙を一筋零した。


名残惜しそうに、タオルに触れた。


「……また乗せてやるから。まずは飲め」


椿の手が震えた。コップを握る指が、白くなるほど力を込めて。


そして、次の瞬間――大粒の涙が、ぽろぽろと零れ落ちた。


「……ずっと、一人で……」


「……わかってる」


こんな椿を、この世で自分だけが見ているのではないかと思った。


それほどまでに、椿はいつも強かった。

誰も寄せ付けない強さで、自分自身さえも遠ざけてきた。


今日だけは、何も考えず、ただ傍にいてやると思った。

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