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灯影の駄菓子屋  作者: 沈丁花
二章. 椿の屋敷

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暖かい朝


月曜の朝、レイは天井を見ていた。


離れの空気は薄くて静かだ。落ち着くはずなのに、落ち着かない。

包帯の下で傷が鈍く熱を持っている。肩は動かすたびに引きつれる。

痛みが現実を引っ張り戻して、気分が悪い。


――椿が、鬱陶しい。


リンの一件のあと、何もかもが嫌で、誰とも関わりたくない。なのに、ずっと近くをうろついて、何かと話しかけてくる。放っておけばいいのに。距離を取るくせに、目だけは外さない。


それでも、無視まではできなかった。


助けられた。運ばれて、手当てまでされた。恩人だ。礼を言う気はない。けれど「いないもの」みたいに扱うほど、レイは図太くなれない。


昨日のことが、頭の奥に引っかかっている。


爪。


隠しているのなら触れられたくないという事は分かっていた。それでも口が滑った。少し黙ってほしかっただけだ。


効果はてきめんだった。椿は水を持ってきたあと、ほとんど姿を見せなくなった。


……正直、そこまでだとは思っていなかった。


今朝も、狐の淡い光が枕元で揺れている。椿の感情に連動しているせいか、昨夜より少し静かで、薄い。レイはそれを見て、胸の奥がざらつく。


衣擦れの音。戸が小さく開いた。


椿が顔を覗かせる。寝不足の目をしているのに、きちんと制服を着て、髪も整えている。いつも通りを演じるのが、上手いやつだ。


「……起きてる?」


レイは返事をせず、視線だけを向けた。


椿はそれを返事として受け取るみたいに、言葉を続ける。


「学校、行ってくるね。ここには誰も来ないと思うけど……絶対、見つからないようにして。変な音も立てないで」


当たり前みたいに言うくせに、声の端が少しだけ硬い。昨日のことが尾を引いてるのが分かる。


レイは目を逸らした。


罪悪感、というほど綺麗なものじゃない。自分が触れたくない場所に触れられた時の、あの嫌悪感を知っていた。知っていたのに、やった。


椿はレイの沈黙を咎めない。


「あと、傷が痛むなら……無理に動かないで。昨日言った通り、勝手に動いたら救急車呼ぶからね」


レイは短く息を吐いた。


「……分かった」


椿は一瞬だけ驚いた顔をして、それから「うん」と小さく頷いた。


戸が閉まる。


静けさが戻って、レイは天井を見上げたまま、決める。


早くここを出る。


行く宛てはない。九尾に戻るつもりもない。あの夜、スマホは捨ててきた。久世に繋がるものは、全部切ったつもりだった。


それでも、ここに居続けるわけにはいかない。


久世はいつか必ず辿り着く。匂いを嗅ぎつけるみたいに、綻びを探して、そこを掴む。レイがここにいると知った瞬間、この離れは“安全な場所”じゃなくなる。


恩人を巻き込むわけにはいかなかった。


鬱陶しい。腹が立つ。なのに――巻き込みたくないと思う。


その感情がいちばん鬱陶しい、とレイは思った。

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― 新着の感想 ―
Xの方から伺わせていただきました! 読ませていただいた印象として、異能バトルとしての側面よりも人の内面や雰囲気の形成に重きを置いた書き方をしつつ、ノリとしてはライト文芸的な作品だと思います! 短い文…
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