日曜日
昨日、話したことのないクラスメイトを拾った。
椿は最近、自分の行動力に驚くことが増えていた。まさか本当に“拾う”なんて。しかも相手は、同じ教室にいる黒川レイだ。
明け方に一度目を覚ましたレイは、今はまた眠っている。椿は眠い目を擦りながら、ただ黙って呼吸を確認し続けた。
(よかった。あのまま目を覚まさなかったら……)
そう思うと、遅れて怖さが押し寄せる。
大きなあくびを噛み殺した拍子に、涙が滲んだ。狐に見張らせて眠ることもできる。椿と狐は感覚を共有できるからだ。
それでも椿は、できるだけ自分で見ていたかった。
この離れの孤独な空間に、自分以外の誰かがいることが珍しかった。……それだけじゃない。心の傷に、少しでも寄り添いたかった。かつて自分が、そうしてほしかったように。
ふと視線を上げる。
窓から斜めに差し込む午後の光が、レイの睫毛に触れていた。椿にはそれが、泣いているみたいに見えて――思わず手を伸ばした。
「……触るな」
指が触れる寸前、レイが瞼を開いた。
「ご、ごめん。起こしちゃった?」
レイは何も答えない。視線だけが、椿の手を追って、それから逸れる。
“なんで、あんなところで倒れてたの?”
椿がそう聞いた時、レイは取り乱していた。表情では分かりにくかったけれど、椿には感情の変化が伝わってきた。
きっと、私たちは似ている。
そう思った途端、余計に放っておけなくなった。
「傷、痛くない? そろそろ消毒――」
「自分でやる」
「……お腹、すいてない?」
「いらない」
何を投げても手応えがない。
猫みたいだ、と椿は思った。人に慣れていない野良猫。むやみに手を伸ばしたら噛まれる。――でも、目を細めて様子を窺うような視線が、どこか怯えているようにも見えた
椿は、変に踏み込まないように距離を保ったまま、当たり障りのない言葉を探す。
「……黒川君は――」
「やめろ。……レイでいい」
まただ。レイの感情が揺れた。
理由は分からない。でも、辛い記憶の引き金が苗字に結びついていることは分かった。椿にも、そういうものがあるから。
「……分かった。じゃあ、レイ」
椿は一拍置いて、同じように言い添える。
「私も……椿でいいよ」
そう言って、あくびを堪えきれず、滲んだ涙をもう一度拭った。その手を、レイの目が捉えた。
「……爪。いつも隠してたよな」
唐突な言葉に、血の気が引いた。
「あ……短いでしょ?」
反射で手を背に隠す。浅くなる呼吸を必死に誤魔化して笑う。これだけは、だめだ。…喉が、渇く。体の力が抜ける。
相手のトラウマを刺す一言が、どれほどの意味を持つか。椿は今、痛いほど分かっている。
言った方にとっては何でもない。けれど言われた側は、勝手な事情で、こんなにも苦しい。
「……水、持ってくるね」
椿は立ち上がる。まだまだ、レイとの距離を縮めるには時間がかかるだろう。
離れの孤独に対する寂しさと、人に傷を見せることへの恐怖が、椿の中で同時に息をしていた。




