十一話め 世間は狭いね!
本の香りに心を躍らせるのは変だろうか。
しかし、ほのかに香るこれがどうにも私は好きらしい。
目前には幾つも難しそうな背表紙が並んでいる。
そのどれもがよく分からずちんぷんかんぷんだ。
ふと横を見ると、結構真剣に本棚を眺めている少女がいる。浅野摩耶である。
私は彼女に連れられて、珍しく本屋に訪れていた。
「何か面白い本あった?」
背表紙に手を伸ばした摩耶に声をかける。
私の琴線に触れるものはなくて、彼女の助けを借りたいと思ったためである。
私はきっと読むことはないのだが、モニカの暇つぶしにはなるだろう。
「うーん、どうだろう。これ面白そうじゃない?」
摩耶は一つの本を取り、こちらに表紙を見せる。
そこには端的に一文字が書いている。そしてそれを示すように城の絵が大きく書かれていた。
「何だろう。伝記?」
「いや、普通の小説だよ。たぶん」
あんまりよく分からなかった。
以前モニカにあげた本と同じ作者らしいということが分かったくらいだ。
「アズサは良いの見つけた?」
摩耶はこちらに問いかけてくる。
事実見つかっていないので顔を横に振る。
すると、彼女は少し悩んだ様子を見せてから一つの本を手に取って、こちらに見せてきた。
これもまたよく分からないものである。
しかし、私には文学のよしあしは分からないから、言われるままに買うことにした。
「あっ、ちょっと参考書買っていい?」
一つの目的を思い出して声を発する。
モニカにあげる本を買いに来るのも主目的であるが、また別の目的が今回はあった。
「参考書買うタイプだっけ?」
摩耶は珍しいというような視線を送ってくる。
実際参考書はあまり買わない。高校入試の時に幾つか買ったばかりである。
「ちょっと前に、中学の子と知り合ってね。その子に勉強を教えるために使おうかなって」
「へえー。親戚の子とか?」
参考書コーナーに歩きながら、問いを否定するために顔を横に振る。
「全く知らない子。この前傘も差さずに雨に打たれていたのが心配で、声かけちゃったんだよね」
その言葉に摩耶は「あっ」とでもいう顔を見せた。
「嘘じゃないよ。本当だからね」
まるで物語的なことだから信用されていないのだろう、と言葉を付け足した。
付け足してからこれは嘘を補強しているようだな、と自分でもおかしく思ってしまった。
「あっ、摩耶が暇だったら今度皆で勉強しようよ。摩耶も確かヤバいんでしょ、数学」
私の提案に、彼女は悩ましそうな表情を見せる。
この表情の意味は分からなかったが、摩耶は結局のところ頷いてくれた。
私だけでは佐久良とずっと会話するというのは難しいから僥倖である。
「ちなみに、そのこの名前って?」
参考書を選んでいると、摩耶が問いかけてくる。
彼女も中学数学の参考書を手に取っていた。
「えっと、植野佐久良ちゃんだよ」
なるほど、というように摩耶は頷く。
それに何か違和感があって問いかける。
「知ってる名前?」
「うん、たぶん中学の後輩かな」
珍しい偶然もあるものだと思う。
存外に世間は狭いのかもしれない。




