9.サーカスを見に行きましょう
「ふむ、そろそろですか」
私は帳簿を見ながらぼそりと独り言を呟いてしまいました。
いつの時代でも出費は天敵、特に養う子供がいると更に神経質になるというもの。
私が経営を任されている孤児院も例外ではなく、私の貯蓄のみならず国からの補助金として幾らかのお金や物品を分けていただいているのです。
これもひとえに私が神父である事が理由でもあります。
私を転生させてくれた神様が主神というなじみ深く、事実信仰に値するお方を据えているので宗教的な抵抗感もなく、社会的地位もある程度得られるのが利点ですからね。
その分だけここに居る子供たちが何らかの理由を持っているため私が隠れ蓑になって守らなければならないのです。
丁寧な仕草は今までの態度を改めて行っているので、とっさの時に地の部分が出てしまいますが。
え?ファッションがそれ以前の問題だって?
ははは、何をおっしゃる、これが私の正装ですよ。
「神父様、何を作っていらっしゃるんですか?」
「そろそろ寄付金をたかろうかなと思いまして」
「言い方が凄い悪いですよ」
「まあまあ、中央教会は貯めるだけ貯めて使う機会をほとんど失っていますからね。少しは使ってもらわないと」
「神父様ってなんで神父になっているんですか?」
立場を得るため、でしょうか。
そんなことを言ったら失望されるので黙っておきますが。
ただニコニコと黙るだけでみんな私を問いただすことをやめてくれるんですよね。何でかは分かりませんが、勝手に引いてくれるんですよね。
やはり笑顔、笑顔は全てを解決してくれる。
とはいえ、たかるためには監査が必要。必要以上にお金を使い過ぎていないか、きっちり使い切りかけているかどうかを確認するために人が来るんです。
そこで全部OKが出たらお金をたかれます。
タダで手に入るものほど高いものはないと言いますが、悪いことには一切お金を使っていないので大丈夫でしょう。
あの子達が急に何かを欲しがるみたいな事がない限り出費することもほとんどないですし。
ま、私がやんちゃしてた頃に貯めた隠し資金もまだ残っているので少しでも資金を削れないように…………
「神父サマ神父サマ神父サマー!」
ドタドタと獣人特有のとんでもない速さで走ってきたジャックが部屋に突入してきました。
「見て見てこれこれ!サーカスが来るんだって!ジャック、行きたいゾ!」
尻尾をブンブンと振り回しながら私の顔にチラシを押し付けてきます。
近すぎて見えないのはご愛嬌、優しく丁寧にチラシを受け取り、その内容を読んでみることにします。
…………なるほど、ちょうど今日にサーカス旅団がやってきておりイベントを開催しているのでぜひ見に来てね、という内容が描かれています。
この世界の印刷技術はあまり発展していないため、このようなチラシは全て手作りとなっています。
それを簡単に配っているという時点でそこそこの規模を誇る集団が運営しているサーカスとなっているでしょう。
うーん、こういうイベントに行くと出費がかさむんですよね。
子供たちの分だけ何かを買わなければならないイベントでもありますので、ちょっと資金をねん出しないといけません。
持ち手は…………まだ遊べるくらいにはありますね。
仕方ありません、突発的なイベントとはいえ子供たちの楽しみを奪う訳にもいきません。
子供時代の思い出は楽しいものであるべきです。
「よし、皆で出かける準備をしましょう。砂時計を立てておきますので、この砂が全部落ちたら出発しましょう」
「分かったゾ!みんなー!出かける準備だー!」
「あ、私もお化粧しないと…………」
最初と同じくバタバタと走っていくジャックと慌てて身だしなみを外向けに整えようとするサーシャ。
恐らくダリアは付いてこないでしょう。元から外が苦手な子でしたので、お土産を買ってくる程度にしておきましょう。
さて、私も身支度をして出かける準備をしなければ。
それにしてもサーカスですか、いやあ懐かしい。
引率がどれほど大変か最初の頃は身に沁みましたからね。皆が思い思いの方向へ行ってしまうのですから。
もう同じ轍は踏みません、さあ、楽しい時間にしましょう。
どんどん、ぱふぱふ。
楽器の音が響き渡る。
「はいはーい!我らシゴロミカ旅団の曲芸を楽しんでいってくださーい!」
場所は有事の際に作られた広場を間借りして曲芸師が様々な芸をやっている。
5本のクラブを器用に回して落とさぬようにするジャグリング、トランポリンを使った空中での曲芸、見た目も顔も全く同じな10姉弟の上手なお絵描きタイム。
その隣で屋台も引かれており、2人のお兄さんが菓子を作っているため甘いにおいがどことなく漂ってくる。
曲芸はあくまで客寄せでありおひねりを貰う程度だが、メインは似顔絵と屋台の料理、客が集まりすぎててんやわんや。
お絵描きタイムと侮るなかれ、お絵描きも子供とは思えぬほど精巧に似顔絵を描いて一般市民の肖像画を作っているのだ。
それも10人体制なので回転率も悪くない。
「しんぷさまー、アリシア、あれたべたい!」
「私も欲しいな…………」
「みんなの分を買うので待っていてくださいね」
そして一番人気である甘味屋台に神父を筆頭にした孤児院メンバーが集まっている。
純粋に引率で5人を引き連れ、屋台の行列に並びながら曲芸を見ている。
この街の外は他の地域と比べて比較的安全とは言え、モンスターが現れない訳ではないので危険ではある。
よって、いくら広くともどこか閉塞感ある街では常に刺激が求められている。
外に出る以外での娯楽も基本的にないため、このようなイベントがあれば人が集まり金が動くのだ。
「おおー!あれ、ジャックはやれるぞ!」
「…………すっげえうっせえな」
「体調が悪くなったらすぐに言ってくださいね」
「ねえねえ、まだー?」
曲芸にはしゃぐジャックに待ち時間でちょっと退屈始めているアリシア、そしてウヴァルがややしんどそうに顔をしかめているのを確認した神父は心配の声をかける。
特にウヴァルは人の心を読めるため、多少制御が聞いていても周囲の人数が多ければ少し声が聞こえてしまうのだ。
だが、ウヴァルにとって自分が多少不調になってでも周囲の声が聞こえてくることを止めないのは理由がある。
「(チッ、やっぱりこういう時は泥棒が増えるってのが一番厄介だな)」
そう、祭りには泥棒がつきものである。
特に多いのが曲芸を観賞することに集中して自分の財布への注意が無くなり、その隙に盗まれることである。
この程度の犯罪ならまだいい方で、過去には子供の誘拐事件まで起こったことがあるのだ。
迷子で済めばよかったが、後に犯罪組織が出てきたことで街は一時騒然となったことがある。
ウヴァルはたまたま巻き込まれたことがあり、そして神父にひっそりと救出されたことは誰にも語られていない。
「(またあの時のようにならないように、俺が気を付けないと)」
心を読めるというアドバンテージはとにかく重要である。
子供たちを纏めているのがたった一人ということもあるため、なんやかんやと世間の厳しさを知る子供は楽しみと共に警戒する。
全員がそうなっているだけで、神父は性善説をそこそこ信じているのか呑気な顔をしているが。
なお、種族が入り混じる子供を率いている時点で結構目立っているので何とも言えないが。
神父はお金の心配をしつつ、最終的なおひねりをどれくらい出そうかと必死に考えているのであった。




