8.お気づきかもしれません
とある男性の家に来て色々見ている神父です。
急死した奥様の身体が見当たらないという相談を受けて深夜でも取り急ぎやってきました。
確かに、人が入れるような場所には居ません。
机の下はもちろん、棚の中や床下及び天井にスペースがないかもしっかりと確認して居ないという判断をしました。
ここまで探して見つからなければ家にいないでしょう。
では、どこから出たのか?男性に確認したら入口のドアが開いていたのかもしれないと…………
気が動転していたのでしょう。早めに言って欲しかったですねそれは。
なので外の周辺で人影がないか探してみます。真夜中で暗いとはいえ、月明かりはありますので最低限の視界は確保できています。
さて、そろそろお気づきでしょうか?
明らかに神父としての仕事の範疇を超えているという事に。
確かに私は荒事にも対応できますよ?生きる屍程度は瞬きする間に倒せる自信はありますとも。
男性の方もそれに今更気付いていると思いますが、乗りかかった船に降りることは少し気が咎めます。
本当ならば悪魔祓いやら教会の戦闘部隊に頼み込むのが一番いいのですが、まあ有名どころはどうしても金がかかったりしますからね。
まずは無料相談所から、なんて。
「痕跡はまだ続いていますね」
「あの…………本当にこれで見つかるのでしょうか?」
「ええ、もちろんです」
「き、木の棒を倒すことで…………」
私が人探しのために行っている方法、それはちょうどいい木の枝を見つけて倒すだけです。
神頼みにしか見えない?とんでもない、神に頼ることは神父として当然ですし、何よりもただの棒倒しではありません。
祈祷、神職が神に祈ることによりほんの僅かに籠る力を使用して探し物を求める特殊な技法をつかっているのです。
見た目からは頼りなさそうに見えますが、この世界の神職に就く者は誰もがやる方法なのです。
事実、全く風が無いはずなのに棒を建てた瞬間にふわっと風が吹いて方向を示してくれるのです。
これを頼りに各所をまわっていくのです。
何事も一瞬で解決することはありません。しかし、それでも自分の足で探すという行為は非常に重要なのです。
と、ようやくらしい人影が見えてきました。
「お、おまえ…………」
男性もシルエットだけで自分の妻という事を認識で来たようです。
そのシルエットというのは若干背が曲がり始めていそうな初老の女性というだけで私には分かりませんでした。
「あら、どうしたの?散歩にはちょっとはやいんじゃないの?」
穏やかな声で話しかけてくる女性、ですが早いも何も夜中なのにまるで昼であるかのように振る舞う姿は不自然極まりない。
ああ、何という事でしょう。彼女は自分が死んだことすら分からなくなっている。
男性も絶句して何も言えなくなってしまっています。
「どうしたの、散歩ならこっちに来て。ねえ、ねえ?」
「いけません。一緒になってしまいます」
夫を誘う妻という構図だけならよいものであったでしょう。
残念なことに妻の方は肉体に魂が閉じ込められてしまい錯乱している状態、うかつに寄ればその手で神の元から今より遠く離れることになるでしょう。
こうなってしまえば私のやることは1つ。
「主よ、私に導きを…………」
神父服で隠れている物を腰から取り出し、そして…………
パンパン、と弾けるような音が響く。
聞き慣れない音に男性はびくりと身体を震わせ、女性だった者は膝を折り地面に転ぶ。
あまりにも早く、神父の手元で上がる煙がいったい何なのか男は分からない。
しかし、息絶えたことを確認した筈の妻が全力で走り出したというのにいきなりどしゃりと倒れた。
「これは本職ではありませんが、代行の資格は持っています。そして、先に謝罪します」
ちゃき、と金属がこすれる音を鳴らして金属の筒と何か丸そうなものを合わせた謎の物体を片手で持ち、そして呟く。
「我らの主神よ、この者の罪を赦したまえ。その苦痛を取り払いたまえ」
倒れてもがく男の妻に寄り、空いている方の手を向けて言葉を続ける。
「肉に閉じ込められし魂を解放したまえ。死してなお動く身体に安らぎを与えたまえ」
それは祈りであった。
死体が動き出すという事は滅多な条件が揃わない限り起こることなどない。
しかし、今回は何らかの要因があって男性の妻が寿命か病かによって命を落とし、誰かを襲う怪異となってしまっている。
それは魂の意思と反して肉体が勝手に動いているせいであり、本来は慣れなければならない筈の魂が損耗と共に動力源となり果ててしまっているのだ。
肉体と魂を引きはがす作業は神父の仕事ではない。それどころか戦うことを前提とした職業ではない。
そういったものは聖騎士だったりエクソシストが対応する。
では何故、神父がこの場を対応できるのか?
「さあ、ゆっくりで大丈夫です。その体から魂を解き放ちましょう」
男性の妻の頭と神父のかざした手の間に光る何かが現れる。
まるで体から抜き取ったように見えるが、この光は自然に出てきたものであるため決して神父が何かしたわけでもない。
囚われの魂を救う美しい場面の筈なのに黒幕に見えてしまうのはどうしてなのだろうか。
「よし、これで大丈夫です。貴女の魂は解放されました」
光る玉を手の上に浮かせながら、神父は先ほどまで動いていた亡骸を見る。
もう害はないとはいえ、動きを止めるために肉体を破壊してしまったことを申し訳なく思っているのだ。
奇怪な武器で膝を破壊したのはどうかと思うが、それでもまだマシな方である。
場合によっては頭から叩き斬られたり、ハンマーでぐちゃぐちゃになって原型を留めていないことだってある。
膝なら葬儀でも服で隠せる部分であるため堅実な部位を破壊したと言えるだろう。
「あ、ああ…………つ、妻は…………」
「どうやら持病が急に悪化したようで生きている時と死んでいる時の境界線があいまいになり、このような状況になったみたいです」
「それでは…………」
「残念ながら、これでお別れとなります」
男性は膝から崩れ落ちた。
もしかしたら妻は蘇生して何事もなく生きているんじゃないかと希望を持っていたのだが、先ほどの神秘的な光景を見せつけられては何も言えることは無い。
「申し訳ありません、彼女がここに留まれる時間も長くないのです。突然ではありますが別れの言葉を告げてあげてください」
神父の言葉はどこまでも残酷に聞こえた。
だが、魂だけの状態で長くこの世に留まることは非常に危険なのだ。
モンスターであるゴーストという悪霊的存在やリッチという別の死体に憑りついてしまい生者を憎む存在となり果てる。
神父はそれらの対処法を持つが、他の人間が同じように何らかの対策を持っているとは限らない。
「済まない、私が、私が見落としていたばかりに…………」
「いいえ、貴方のせいではありません。これはいずれ来るものでした。天寿を全うするという形でお亡くなりになられた。人として良き終わりを迎えたのです」
「うぅ…………」
かけられるのは慰めの言葉。それで傷心を収められるとは思っていない。
それでも人間として、心ある者として言葉はかけねばならない。
これからのこと、残された者として人生を間違えないために神父として道を示さなければならない。
まだ若いとはいえ神父なのだ。職務に忠実で、誰よりも優しくて。
しかし見た目が美形細目で黒髪ロングという怪しさがどうしても拭えないため損はしている。
この騒ぎを聞きつけ、主に銃声を知っている者が集まり赤ペンキ塗れの神父とひと騒ぎあるのは別のお話…………




