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3 偏屈婚約者はお可哀想

 夜会から一週間。使節団は本来の目的のためにその多くが動いていたが、アネージアンと彼女が声をかけ一緒に参加した令嬢たちは使節団とは関係なく観光を楽しんでいた。

 彼女らは王宮にて宿泊をしており、騎士団の練習風景を見て見目麗しい騎士たちにキャアキャアと声をあげていた。どの国の令嬢も似たり寄ったりだとそれを横目にアンマリンは思う。

 それはまだいい。不愉快ではあるが勝手にすればいいとは思う。だがここにきて一つ問題が浮上してきた。この国は女性の社会進出がセレイ国よりも多い。そのため、王宮にて女性の文官や騎士に対して、どこか蔑んだ視線と共に嫌味を投げかけたりする姿が見られた。そのような彼女らの失礼な態度に不満を漏らす声も聞こえ出してきた。

 仮にもこちらは仕事をしに来ているのだ。精を出しているのに他国の遊び半分で来た者になぜ馬鹿にされないといけないのか。まったくもってその通りだ。

 かくいうアンマリンも何度指を指されたことか。

 仕事柄、使節団との接点もあるため彼女らと会う機会も多い。アネージアンから何を聞かされたかは知らないがいろいろと品のないことを言われている。

 他の使節団の人は本当に熱心に学ぼうとしている姿を知っているため、彼女らの横暴な態度がことさら目立つのだろう。使節団の数人からは申し訳なさそうに謝罪されるが、彼らの責任ではないし何より公爵令嬢に何も言えるわけない。


 

 そういったことに頭を抱えつつアンマリンは騎士団事務局から資料を受けて長い回廊を歩いてるときだった。

 そんな彼女の目の前にアネージアンをはじめ数人のセレイ国の令嬢が集まっていた。おそらく恒例になりつつある騎士団での練習風景を見学した帰りだろう。護衛している女性騎士数人に対して何事か言っている。

 アンマリンはそっと柱の影から様子を窺ってみた。


「ですから、貴女方では心許ないと申しましたの」

「ここは王宮ですから安全面はご安心ください。私ども以外にも腕の立つ騎士が配置されてますので心配には及びません」

「仮にもこちらは王族に連なっている公爵令嬢のアネージアン様がいらっしゃるのです。下っ端のしかも女性騎士を当てがうなどこの国は何を考えているのかしら」


 女性の敵は女性というけれど、あまりな発言にアンマリンは眉を顰めた。この場で一番身分のあるアネージアンが身内を諌めないといけないはずが、後ろで黙りを決め込んでいる。つまりは彼女も含めここにいるセレイ国の令嬢の総意の言葉という事になる。


「騎士の変更を求めますわ。貴女方では安心してこの国で過ごすことなどできません。それとも私たちは頼りない女性騎士を当てがわれるほどの存在だとでも仰るの? 私たちはセレイ国使節団の一員よ。このような扱いはセレイ国を馬鹿にしていると受け取りますがよろしいの?」

「まったく、わざわざサヴォーインに足を運んだというのにまさかこのように見下されるとは思いませんでしたわ」


 セレイ国の令嬢たちはヒソヒソと文句を言いながら軽蔑する目を女性騎士たちへと向けた。

 アンマリンは大きく息を吐くと柱の影から姿を現してゆっくりと近づく。


「如何されましたか?」


 突然出てきたアンマリンに令嬢はもちろんアネージアンは目を開く。だがすぐさま眉間を寄せた。


「ルーベンス様」


 アンマリンは女性騎士の一人に深く頭を下げる。彼女は女性騎士をまとめる隊長職を担っている。


「ジョスラン女史か。どうやら彼女らは私たちの警護に問題があると仰っている。女では信用置けないということだ。変更を願い出てきた」

「まあ。ルーベンス様を始め、私どもサヴォーインの栄ある女性騎士隊の皆様は陛下の覚えもある実力者ばかりですのに」


 チラリと令嬢に目をやる。


「な、なんですの! 実力は知らないけれど女性ですわ! 屈強な曲者が来たらどうするんですか!」

「そうですわ! すぐに倒されて私たちの命も危ないわ。何かあったらどうなさるの!」

「私たちは使節団ですわ! 責任取れますのっ」

「ああ、なんて野蛮な国かしら」


 ガヤガヤと令嬢らしからぬ大声で言い放つ。


「そうですか。ロベスキー様も同じお考えで?」

「……どういう意味ですか?」

「いえ、ここで一番身分が高いのが貴女様です。こちらの令嬢方も貴女様がお連れになったと聞いています。その貴女様が何も仰らないということは同じお考えかと思ったもので」

「だとしたらどうするのです?」


 アネージアンはゆっくりと令嬢を割って近づいて来た。アンマリンの目の前で刺すように見つめてくる。


「どうするも何も、ロベスキー様のお考えを聞いているのです」

「……まあ、確かにこちらの騎士の方々は実力がおありなんでしょう。ですが、ねえ? 私たちを守るというには少々不安ではないかしら? 悪気はないのですわ。ただ、女性ですからねぇ。しっかりと守ってくれるのか不安に思うことはいけないことかしら? ねえ、皆さん」

「ええ、そうですわ!」

「ただ不安を口にすることさえいけないとでも言うの?」

「まさかサヴォーイン国がこんな狭量だと思いませんでしたわ」


 令嬢たちは大袈裟に言いつつ、その口元は笑っている。


「先ほど騎士団を見学させていただきましたが、こちらの方々よりもずっと頼もしく思えましたわ。できればあのような方に私どもも守っていただきたいわ。私は団長のトーヴェルス様をご指名したいの」

「まったくですわ! 私はレイブロック様がいいですわね。立派な体格に迫力ある剣捌き。率先して守ってくださると思うわ」

「私はスレン様を!」

「このような野蛮な国でも素敵な殿方がおられるのが救いですわね」


 練習風景を思い出したのか、わいわいと頬を赤らめながら言ってくる。それぞれお目当ての騎士に守ってほしいらしい。かなり図々しいものだが。


「ジョスラン様」


 アネージアンはパンと扇を広げてアンマリンを見た。


「ところで貴女はどうしてこちらに?」

「仕事です」

「あら! この国では貴族でも女性が働かざる得ないほどお困りなのかしら?」


 さも驚いた風に言うが、アンマリンの素性はすでに知っているだろうし、彼女が女性文官服を着てることを考えると単に貴族お得意の揚げ足を取りたいのだろう。気の利いた嫌味であればそれも貴族らしさに繋がるが、中身が幼稚過ぎるというかこれしか言えないことに正直もう飽きてきた。


「ねえ、皆さん。この国では女性が率先して男性のお仕事をされてるらしいの。それがサヴォーイン国の慣わしと言われましても、それじゃ、お家はどうしてるのかしら? 他国とはいえ心配だわ」

「そうなんですの? だからこの王宮でも女性が多いのですね! 忙しなく歩き回ってなんとはしたないと思っておりましたが、家を守れないほど困窮されてたのですね」

「不憫ですわ……。殿方も酷いことされるのね」


 セレイ国では働きに出る女性を家から出すことは「恥」となる。だが、それはあくまでも男性と同じ仕事をする女性に対してだけだ。侍女や家庭教師などは教養あるとして尊敬されている。


「嘆かわしいと思いませんこと? 女性と生まれたからには愛する男性のために家を守り子を産み、未来を築き上げることが幸せというもの」

「ええ、ええ! その通りですわ。立派な女主人として腕を振るために今まで学んできたんですもの!」

「野蛮な方々にはそのような教えはされないんでしょうね!」


 結婚し、その家を守ることはもちろん大切なことだ。それはこのサヴォーイン国でも同じ。だが、そもそも育った環境が違うのだから、基本となる考え方も違ってくる。己の国の「正解」が他国でもそうだといえないのだ。

 アンマリンはどこから突っ込んでいいのかさえ面倒になった。それは女性騎士たちも同じだろう。呆れと少しばかりの哀れみが浮かんでいる。


「きっとローレンスは迷ってるのね。結婚する気がなくとも長年婚約していたんですもの。情くらいあっても仕方ないわ」

「まあ、この方がテルガ卿の? どうりで……」

「テルガ卿もお可哀想に。婚約者が働かれてるなんてどんな目で見られているのかしら」

「アネージアン様の方がよっぽどテルガ卿とお似合いですわ!」


 なんの茶番かわからないが、あのカフェでのことをまたふと思い出す。こういうことが今は流行っているのだろうか。


「失礼だが──」


 ルーベンスがそっとアンマリンの前に出てきた。


「彼女は仕事中です。もう宜しいか?」


 女性でありながら背の高いルーベンスが厳しい顔で言うとなかなかの迫力がある。


「まあ、怖い!」

「女性であるというのに粗暴で野蛮ですわ。やはり騎士の変更をしていただきたいわね!」

「そうですわ!」


 まるで自分たちに非がないかのように大袈裟に怖がりながらも、その表情は意地悪げに歪んでいる。

 アンマリンはルーベンスへ一度頭を下げると、再び一歩前に出た。

 

「────左様ですか。この騎士の采配は国王陛下の指示を受けて宰相閣下が厳選した方々です。けれども貴女方がそこまで仰るのであれば! ……意見はしっかりと宰相閣下へ、ひいては国王陛下に上げさせていただくとともに、この使節団の代表をしております第二王子殿下に対し、我が国の不始末として国王陛下自ら陳謝の場を設けますので、ここは引き下がっていただけますか?」


 アンマリンの言葉に国王陛下だの宰相だの、挙句はヴェッセルの名が連なっていることに令嬢たちは口を開いたまま固まった。いったい何を言われたのか。


「貴女方は使節団の一員と仰った。そうであればセレイ国の代表ともいえます。その言葉は個人とは扱われないことは承知のはずです。ですよね? ロベスキー様」

「────っ!」


 先日のパーティーでの会話のやり取りで己の立ち位置がどういうものなのか、そこから何も学習していない彼女の目をじっと見つめる。仮にも公爵令嬢なのだ。厳しい教育を受けてきたはずなのに、それが他国にも通じると本気で思っているのか。


「ならば私から国王陛下に願い出よう。陛下は令嬢らが憂いなく過ごされるよう慮って我ら騎士隊を任命してくださったが、それは令嬢らに不安を与えるだけであったと」


 ルーベンスがアンマリンの言葉を受けて言う。


「助かります。ルーベンス隊長からであれば、宰相閣下を通すより早いかもしれませんね。なにせ──」


 アンマリンはにっこりと令嬢たちを見回す。


「国王陛下の姪御様ですから」


 固まっていた令嬢たちの顔が驚愕する。


「あら、ご存知ないのですか? セレイ国の使節団ともなれば我らサヴォーインの高位役職の方々くらいの名は知っているはずですが……。念のためご紹介いたしますわ。こちらはサヴォーインが誇る第一騎士団女性騎士隊の隊長を務めるとともに王弟殿下の御息女、ルーベンス公爵令嬢のフィーレナ様です」

「あの夜会も名を出して出席していたんだがな」

「ですが、あの時はドレスでしたからね。今の凛々しい姿とはまた違って見えますし気付かないのも無理はないかもしれませんね」


 セレイ国ではアネージアンが令嬢の代表であるなら、サヴォーインでその位置にいるのがこのフィーレナ・ルーベンスだ。しかも王女のいないサヴォーイン国ではまさしく王女と同じ扱いでもある。そして王位継承権を持つ一番近い令嬢でもあるのだ。


「国王陛下はルーベンス様を心より信頼しておられますから、きっと隊長のお言葉には耳を貸してくださるでしょう」

「その報告が我が隊の不甲斐なさを知らせるものというのが残念ではあるが」

「仕方ありませんわ。どうやらセレイ国では女卑する言葉は容認されているのでしょう。ひと昔前の我が国もそうでしたからね。そう思えば先進国として成長したことを喜ぶとしましょう」

「違いない」


 ことの状況のまずさにアネージアンを始め令嬢たちが立ちすくむ。そのくらいは自分たちの発言が誉められたものではない自覚はあるようだ。やり過ぎてしまった感を隠せずに分が悪い顔を見合わせている。

 そして追い討ちをかけるように廊下の端からこちらへやってくる一行に気付くとあわあわと焦る令嬢も出てきた。



誤字脱字のご報告ありがとうございます。

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あわわ侯爵令嬢に暴言を吐いて、騎士を男娼扱い。大丈夫か?そちらの国のご令嬢たちは ・・・
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