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1 偏屈婚約者はクズやろう

なんやかんやと一年ぶりの投稿です^^;

「こ、これは違うんだっ! 偶然、そう! 偶然会ってだな」

「そ、そうなんです! たまたま会って!」


 先ほどまで人目も気にせず寄り添っていた男女は到底無理な言い訳を始めた。


「あら、偶然会ってカフェでお茶して、頬を寄せ合ってカップルジュースを一緒に飲んでたわけね」


 カップルジュースとはその名の通り、一つのグラスにハート型のストローで一緒に飲む、まさにカップルのためのメニューだ。もう半分は減っている。


「い、い、いや、これはだな……」


 男はしどろもどろで冷や汗をかいているし、女は真っ青で震えている。


「言い訳は結構。まさか婚約者と自分の侍女に裏切られるなんて、私も馬鹿にされたもんだわ」


 あらら、これはちょっと面倒な。どのようにこの騒ぎを収めるのか。


「な、なんだよ! お茶くらいいいじゃないか! このくらいで目くじら立てるなんて小さい女だな!」


 あらら、逆ギレというやつ? 自分のお馬鹿さをわざわざ曝けなくてもいいのに、たまにこういう人いるのよね〜。ほら、周りはこんなに引いてるのに気づきもしない。


 楽しく寛ぐカフェテラスなのに、一瞬で白けさせるこの茶番に隣のテーブルにいたアンマリンはカランとグラスの氷をストローで回した。


「お茶くらい!? まだ浮気を認めないのね!」

「だーかーら! お茶なんかで浮気浮気ってうるさいなっ!」

「キスもしてましたよ」

「なっっ!?」


 突如暴露する声が聞こえた。アンマリンはガックリと首を垂れると隣に座っている声の主──己の婚約者を恨めしそうに見やった。

 彼の視線は紅茶のカップを揺らしている手元のままだが、低く涼しげな声が再び告げる。


「そうですね。私が覚えてる限りでは七、八回ほどでしょうか。席に着くなり一回。メニュー見ながら一回。注文したのを待ってる間に一回。それがきてから一回。飲みながら二、三回ほど」


 シレッとどんどん暴露していく。


「な、な、な、な──」

「恋人だと思ってましたが、まさか浮気とは。しかも婚約者の侍女とですか。三文芝居でも言わないような言い訳と逆ギレなんて呆れて言葉もありませんね」


 言葉もないと言いながら辛辣なことを言っている。アンマリンは小さく息を吐くとにこやかに浮気男を見た。


「ごめんなさい。彼はとても潔癖で嘘も大嫌いな人なの。悪気はないので許してくださいね。でも、やはり私も嘘はよくないと思うのです。確かに貴方と彼女はチュッチュチュッチュと不快になるほどされてましたわ。なのにお茶だけなんて……、この場にいる大勢が証人ですわ」

「な、な、な、な、な、な」


 男は蒼白になり侍女はすでに失神寸前だが、これこそ自業自得だろう。


「さあアン。そろそろ行きましょうか。せっかくの時間を潰されましたが、なかなか面白いものを見れたのでそれも何かのネタになるでしょう」


 潔癖と言われたその青年はまったく意に介さない顔でスッと立ち上がった。


「ええ、行きましょうか。ああ、貴女」


 アンマリンは呆然と立っている当事者の令嬢に声をかけた。


「貴女ならもっと素敵な方がいると思いますわ。このようなクズ野郎はさっさと捨ててしまいなさいな」


 優雅に笑っているが言葉はきつい。


「あ、ありがとうございます。ご迷惑おかけして申し訳ありませんでした」

「お気になさらないで。さようなら」


 アンマリンは日傘を広げるとその場を後にした。







「ちょっとローレンス! どういうつもりなの?」

「どういうつもりとは?」


 馬車に乗り込むと、たまらずアンマリンは婚約者であるローレンスを責める。


「だから、さっきのあれよ。あんなものはほっとけばいいのに。いつも余計な一言を言うんだから」

「嘘を言うからです」

「ええ、ええ。嘘つきな大馬鹿だったわよ。でも、自分から飛び込む必要ないでしょ」


 ローレンスという男は宰相補佐官という職業柄、いやこれは性格的なものだろうが、良くも悪くも謹厳実直である。つまりは曲がったことが嫌いで、意に反することがあれば誰かまわず口にする。まあ、ありていに言えば小言うるさい男なのだ。


「そういう君もなかなかな物言いでしたが」

「あれは貴方のネチネチ口撃を止めるためよ」

「心外ですね。私が先に言わないと君こそ爆発してたでしょう」

「………………」


 確かに。そう思うとアンマリンはグッと詰まらせた。


「君は私に感謝すべきです」

「そういうとこがムカつくのっ!」






 二人の婚約が整ったのはアンマリンが十二才、ローレンスが十五才の時だった。

 ローレンスはテルガ侯爵家の嫡男だ。テルガ侯爵家はこの国──サヴォーイン王国では「知」のテルガといわれるほどの名家だ。現に彼の父も内務大臣をしている。

 ローレンスはそのテルガ家の中でも突出した神童ぶりで幼少から有名だったが、将来を見据えて婚約者を探すもなかなか難航していた。釣り合う令嬢で何度か顔合わせしたのだが、それはもう悲惨な結果で終わっていた。

 癖のない黒髪に奥二重の目元。それが多少キツく見えるが容姿全体は好まれるものだった。だがローレンスはその時から偏屈で通っていて子どもらしさがなく、一言口を開けばお見合い相手の令嬢を怒らせるか泣かせていた。うまい具合にそこを乗り越えて仮婚約に至っても一ヶ月以内に破談になるという繰り返し。

 両親が何度言い聞かせても、「よくもまあ、馬鹿ばかりを選んでくる」と、まるでこちらが悪いとでも言うかの如く言い放つのだ。

 それでも侯爵家の嫡男──つまりはその妻となる者の人選は早い方がいい。いずれは侯爵夫人となり家を盛り上げていかねばならないのだ。その教育も含めて貴族の嫡男は婚約者を早いうちから選んで将来を見据えておくものだ。

 もちろん、先のことはどうなるかわからない。婚約解消になる可能性もあるため、婚約時の契約はかなり重要な力を持つ。その解消となる場合、理由や有責、先行投資金を含めた賠償など王家や専門家を通すことが義務付けされている。

 そのため、婚約に関しては両家とも慎重に動くことになるのだ。


 そんな折り、縁もゆかりもなく領地も離れたジョスラン子爵家のアンマリンに白羽の矢が立った。一応ジョスラン家は名家侯爵家を本家としているが、その立ち位置は分家でもかなり遠いもので新年の挨拶のみの交流だ。

 ローレンスの父がその侯爵と友人であったため、家格はいいからどこか分家にでも令嬢がいないか相談した結果、歳の近いアンマリンの名が挙がったのだ。

 そして、すでに「偏屈神童」という名をつけられていた息子を伴ってはるばるジョスラン家まで足を運んだ。


『お初にお会いします。ローレンス・テルガと申します。お見知りおきを』

『は、初めまして。アンマリン・ジョスランと申します。お、お見知りおきを』


 アンマリンの屋敷にやってきたローレンス一家は穏やかそうな雰囲気があった。ただ、相手であるローレンスはみたことのない異様な空気を纏っておりアンマリンはそれだけで笑顔が凍ったのを覚えている。

 緊張を隠せないアンマリンと違ってローレンスは淡々と挨拶を述べた。その後両家同士で雑談が始まったのだが、子どもにはつまらないだろうと二人は部屋を追い出される形で出て行かされた。そこにはしっかり交流なさいという意味もあったのだろうが、アンマリンには年上で、しかも家格が上の華やかな王都住まいであるローレンスとの会話スキルなどもっていない。ポツンと廊下にただ二人して立つこと数分。


『あ、あの! お庭に──』

『いえ結構。書庫はどちらに?』

『え?』

『こちらにはどのくらいの蔵書があるのか知りたいのです』


 ローレンスはアンマリンの庭の誘いをすげなく断り書庫への案内を頼んだ。それでも、彼の提案は居心地の悪くなった空気をどうにかしたかったアンマリンにとって助かるものだった。

 書庫に着くと一通り見渡しながら歩くローレンスを入り口に立ったまま眺めていた。一冊を手に取って窓際の椅子に座って読み出した彼に再びアンマリンは戸惑う。


『あ、あの! 何を読んでるんですか?』

『………………』

『わ、私は小説のドレイク警部シリーズが好きです!』

『そんな俗物は読みません』


 「ドレイク警部シリーズ」とは様々な観察眼で謎を解いていく推理小説だ。読みながら一緒に謎を追っていくのが楽しいのだが、どうやら彼の好みではないらしい。

 アンマリンはバカにされたようで少々むくれた。けれど、グッと堪えてローレンスに近づいて読んでいる本のタイトルを覗いた。

 「貿易理論」という、まったくといっていいほど興味のない本だ。そっとページを見てもどこが面白いのかわからない。算術のような数式が並んでまるで外国語のようだ。


『──こ、これ面白いんですか?』

『はい』

『す、すごいですねっ! 私にはさっぱり……』

『一緒にしないでください』


 またもバカにされた感じで言われ、アンマリンは口元を引くつかせた。しばらくその隣で黙って立っていたが、一向に相手にしてくれないローレンスにいい加減腹が立ってきた。


『ローレンス、様。何かお話でも──』

『静かにしてください』

『………………』


 アンマリンは俯いた。その体がプルプルと震えている。ローレンスはそれを横目に、揃いも揃ってまた泣き出すのかと、今までの経験からこの先に起こるだろうことを感じながら呆れかけた時だった。キッと顔を上げたアンマリンがローレンスの本を叩き落としたのだ。


『なっ──』

『いったいなんなのっ! なんでそんな言い方しかできないの! あんたみたいな人間をなんて言うか知ってるわっ! 最低クズやろうって言うのよっ!』

『なっ──』

『頭良くっても、えらくっても、カッコ良くっても、王様や王子様だったとしてもいじわるする人はただのクズやろうだっておばあさまが言ってたわ!』


 目を吊り上げてビシッと指を差すアンマリンを呆然としたまま見つめる。


『あんたみたいなクズと結婚するくらいなら今から修道院に駆け込むわっ』


 そう言って走り去って行った。

 あの後わずか十二才の娘から「修道院」に行くと言われた父親は固まり、ローレンスの両親は息子のしでかしたことを平謝りすることとなった。

 今回も上手くいかなかったと肩を落とす両親だったが、今までの令嬢は親に泣きついたり部屋に閉じこもったりとする中、アンマリンは不機嫌そうに追ってきたローレンスの顔を見るや否やつかみかかった。そんな逞しさに感動した。

 なんとか婚約は整ったが会えば「クズやろう」「癇癪女」と衝突していた。歳を重ねてもローレンスの捻じ曲がった性格やアンマリンの勝気さがなおるわけでもなかったが、遠慮なく言い合える気の置けない仲は知らずに信頼し合える仲となり、お互いを最も知る存在へとなっていった。



 ローレンスとアンマリンの領地は離れているが、彼女が十五才で学園に入るために王都へ住まいを移したことにより王都にいるローレンスと会う機会が増えるかに思われた。

 だがローレンスは飛び級しており学園の在学は一年のみで院へと進み、その院も二年で卒業という前代未聞なことをしでかしていた。

 その後、外国へと留学することとなったためアンマリンとは入れ違いで王都を離れることになってしまったのだ。

 一年ごとに他国へ留学し、三ヶ国三年が過ぎて帰って来た時にはアンマリンは学園を卒業する十八才になっていた。

 もちろんその間に手紙のやり取りや一時帰国で交流はあったが、そこはこの性格の二人だ。怒ったり怒らせたりと相変わらずのままだった。





 そして学園を首席で卒業したアンマリンは外務省に入省した。

 あの最悪な出会いの一件以来、彼女の負けん気の強さは学力にも影響を及ぼした。ローレンスをギャフンと言わせるために必死になって学んでいくうちに、元々の勉強好きと頭の良さも相まって気付けば学園では常にトップという才女の名を手に入れていた。しかも、外国語の楽しさに目覚めて今では多くの国の言葉を話せるようになった。

 ちなみに彼女の愛読書であった「ドレイク警部シリーズ」だが、完全な大人向けの小説だ。それを十代そこそこで楽しめるあたり彼女の優秀さが窺えたが、当初のローレンスには知らないことだった。


 アンマリンの入省と同時に帰国したローレンスは文官の最高峰である宰相補佐室へ配属された。いきなりの出世コースだ。その性格を心配されたが、一癖も二癖もある宰相補佐室の面々とは意外に気が合ったようだ。


 お互い多忙な部署での出仕ではあったがローレンスは侯爵家嫡男だ。結婚に向けてこの一年は仕事の合間を縫っては準備に時間を使っていた。



誤字脱字のご報告ありがとうございます。

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― 新着の感想 ―
最初のカフェのくだりが少し分かりづらかったです。「婚約者と自分の侍女に裏切られるなんて」というのがアンマリンの台詞だと思い込んで読み進めていたので、本当の婚約者のローレンスが出てきたところで「二重人格…
〉ただ、かのローレンスのみたことのない異様な空気を纏っておりアンマリンはそれだけで笑顔が凍ったのを覚えている。 ここ誤字報告しようと思ったのですが、『かのローレンスがみたことのない異様な空気を纏って…
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