1・北の村(8 カイの話)
カイは、どんどん回復した。
カイを取り巻いているのは、まったく未知の世界だった。ここがどこなのか、カイには手がかりさえなかった。
彼がいるのは、ごく普通の四人家族の住む家らしかった。公的な施設でないことは確かなのに、部屋も、食事も、衣類まで提供してくれるのだった。よほど社会保障制度がゆきとどいているのだろうか、とも思ったけれど、建物の造りは素朴なもので、暗くなってから灯すあかりは、油に芯材を立てて周囲に半透明の膜を張ったカバーをつけたもので、その芯材に火を、本当に燃えている危険な火をつけて周囲を照らすのだった。
時々、背の高い痩せた老婆がやってきて、儀式めいた仕草でカイの体を診た。
ライフモニターはない。コンピューターもない。宇宙船もないらしい。移送装置は?
移送装置もないらしい。けれど、それならどうして僕はここにいる?
カイは、自分の目で何もかも確かめるまでは、絶望したりすまいと決めていた。
「あなたの言っているその……装置? それ、風生だったら何か知らないかしら」
はじめて家族の食卓にカイが加わった日、里砂が言った。
「カザオ?」
カイが聞き返すと、潮美が答えた。
「渡り人の商人だよ。このあたりに来る渡り人の中では一番遠くを旅して来るから、わたしたちの知らないことを見聞きしてるなら、そりゃ風生だろうねえ」
「その人に、いつ会えますか?」
「そうね。あと十日ってとこかね。冬ごもりの祭りの前に来て、ここで冬越ししていくんだよ」
カイは、思わず首をふった。
「十日って、僕はそんなにいられない……」
「則の司様も何かご存知かもしれない。体がよくなったのなら、一度会いに来るように、とのことだったよ」
「よそ者がひと冬村にいるんだ。どんな人間か知っておきたいにちがいないさ」
潮美の言葉に続けて、仁矢が無遠慮に言った。
十日どころか、ひと冬だって?
「どこに帰りたいの? あなたがどこから来たのか、わたしたちにはわからない」
言葉を失っていたカイに、里砂が尋ねた。カイは、卓の上で組んだ両手をぎゅっと握りあわせた。
「……僕には、ここがどこなのかわからない」
カイは、顔を上げて一同を見まわした。
「僕は、この世界の人間じゃない。よその星から来たんだ」
「星」という言葉には、里砂だけでなく両親や草矢にとっても、夜空で光っているもの以上の意味はなかった。あの、きらきら光る点から来た? それは何かの謎かけなのか?
そして「この世界」って? ここは北の村。街道を行けば、また別の村がある。村のことを「世界」なんて言わないだろう。それとも……?
カイは、自分の手に視線を戻した。
「僕は、もといた世界に帰りたいんだ。僕は、惑星フラムの第三衛星で生まれた……」