1・北の村(6 少年の記憶)
ーフィールドが不安定だ! だめだ、戻れ!
あの光。強くなったり弱くなったりする白い光。めまいがしそうだ。
ー戻れ!
戻れない!
フィールドのひずみ。ずれた座標。そんなバカな。
僕がどこにいるか、誰が探してくれるだろう。誰にわかるだろう。僕は死ぬんだ。ページの間で押しつぶされた虫みたいに、空間の間で死ぬんだ。
大丈夫、死ニハシナイ。
不公平だ。ちくしょう。僕はこれからやりたいことを見つけるはずだったのに。ちくしょう。ちくしょう。
怒りと不安でいっぱいになって、少年は寄り添ってきた「意識」に気づかなかった。
大丈夫だって? そんなこと、なぜわかる?
腹を立てながら、少年は気を失ったのだ。
そして、どのくらいの時がたったのだろう。少年の体に、また少しずつ感覚が蘇り始めている。それは、口の中の苦い味、しびれた指先、重たい手足などといった、あまりありがたくない感覚ばかりだった。
くそ、どうなってるんだ!
少年は、まだ腹を立てていた。なんであれ、自分を不快にさせている原因をにらみつけてやりたくて、彼は目を開けた。
ココダ。
少年の中の何かがささやいた。それとも、気のせいだったのだろうか。
えっ、ここ? でも、ここはどこだ?
小さな、長方形の部屋だ。移送装置はもちろんない。医務室? それにしても……。
少年は苦労して腕を動かし、自分が寝かされている台のふちをつかんだ。起き上がろうとすると、誰かに頭を揺さぶられているような、すさまじいめまいがした。
なぜ誰もいないんだろう。
少年は、はっとする。
隔離?!
彼は立つつもりだったのに、気がつくと床に倒れていた。扉が開いた。黒髪の少女が、大きな目をして立っていた。
ココダ。
ああ、よかった。
少年が微笑んだ。安心しきった笑顔。里砂がおぼろな夢の中で見たのは、この笑顔だった。
「まだ起きちゃだめよ」
里砂が手を伸ばすと、少年はごく自然に里砂にすがった。むしろ、里砂の方が、同じ年頃の少年とこんなに近々と触れ合ったことに、思いがけないとまどいを覚えた。頬に昇った血を腹立たしく思いながら、里砂はつとめて平静に言った。
「大丈夫?」
少年は、少女の手につかまって、彼女の言うことに必死で耳を傾ける。
どこの言葉だ、これは。聞き覚えはあるような気がするけれど……。
そのとき、少年の意識のかたわらの何かが、少女の言葉を理解した。
「大丈夫」
彼は答えていた。答えたことに自分でびっくりした。少女の話し方は、確かに汎銀河標準語に似ているけれど、ふだん使われている言い方とはだいぶ違う。わかるはずはない、と思うのだ。
どうしてわかるんだろう。なぜ僕も同じようにしゃべることができるんだろう。