3・たそがれ浜(5 去る者、来る者)
広間の外でしんばり棒がきしむ音が聞こえ、岩壁が震えてわずかなすきまが開いた。
カイは、あえぎながら砂の床にすわりこむ。汗が流れ込んで、目がちくちく痛んだ。
カイは、一の長とこの場の力を借りて、通路をふさいだ壁を開けようとしていたのだ。
壁デハナク、シンバリ棒ヲ動カスコトヲ考エロ。ソノホウガ楽ニデキルハズダ。
一の長が言った。
(……ああ、そりゃそうだね。僕は、壁を開けるってことのほうに頭がいってた)
移送装置がうまく作動して、一の長に続いてカイが元の世界に戻ったとしたら、里砂と草矢はここに閉じ込められたままになってしまう。助けはいつ来るかわからない。壁は開けなくてはならなかった。
カイが岩壁に手を当て、目を閉じた。歯をくいしばる。腕の筋肉が震えた。
からん、と木が岩にぶつかる音がした。
「やった。しんばり棒がはずれた」
カイは、そのままごろんと床に転がった。
草矢は岩壁のすきまに手を差し込んで押した。あの男に殴られた肩に力が入らない。里砂が、両手をすきまに入れて力を込めた。
岩壁が音を立てて開いた。
デハ、君ノ心残リハモウナイワケダ。
カイは、ちらりと里砂のほうを見る。
(うん)
ナラバ、試ミヨウ。
(どうすればいい?)
装置ヲ作動サセレバヨイ。コレハ、中ニ入ッタ者ガ自分デ座標ヲ打チ込ミ、自分デスイッチヲ入レテ作動サセル仕組ミダ。ソノスイッチヲ入レル時、最後ニ君ノ体ヲ借リナケレバナラナイ。ダガ、疲レタダロウ。少シ休ンダホウガイイ。
(大丈夫。やってみるよ)
カイはゆっくり起き上がる。全身の力が抜けてしまったように感じた。
⭐︎
ダラムは、狭いシートの上でできるだけ体を伸ばした。
ラピスの言うことは、八割方通じたようだ。ラピスがあの黒髪の男の言うことをどれだけ理解したかは、ダラムにははっきりわからない。
ラピスは、浜の北側の崖の上に宇宙艇を下ろすと言った。それは夜明けごろになる。危険だから、北の崖付近に人がいないようにしてほしい、と。
集まっていた村人たちは、いなくなっていた。宇宙艇が着陸するとき、また来るつもりなのだろう。確かに話は通じているようだ。今は、偵察機から少し離れた砂の上に、男がひとり瞑想するような姿勢で座っていた。黒髪の男といっしょに来たうちのひとりだ。
空の端が明るくなりかけている。
カイは、ここにいたんだなあ。
ダラムは目を閉じた。
ほんの少しでも可能性があるなら、とレンは言ったっけ。確率よりも希望のほうが正しいんだろうか。
カイには、ここがどこかもわかっていなかっただろう。僕たちが来ることだって、想像さえしてないだろう。ラピスの話の様子だと、さっきの人たちは超能力者ではないようだった……。
「ダラム、聞こえるか」
ラピスの声に、ダラムははっとして体を起こした。うとうとしていたらしい。
「聞こえる」
「寝てたろ」
レンの声が割り込む。
「うるさい」
砂の上の男が、こっちを見ている。
「着陸準備が整った。崖の付近には誰もいないだろうな?」
「いない」
「よし。もうすぐ再会だ」
⭐︎
移送装置を作動させるのは、しんばり棒を動かすのはもちろん、あかりをつけるよりも楽だった。
気がつくと、カイはひとりだった。一の長の存在は消えていた。
カイは、両手をカプセルに置いたまま、ふっと息を吐いた。
「一の長は行ったよ」
頭の中の声がなくなって寂しいような気持になるとは、思いがけないことだった。
「それじゃ、その装置は大丈夫だってことなのね」
里砂が言った。カイは体を起こす。
「たぶん」
「たぶん?」
里砂の声が、少し不安そうに大きくなった。
「大丈夫じゃないかもしれない?」
カイは微笑んだ。
「『絶対』大丈夫、なんてことは、それこそ『絶対』ありっこないんだ。『たぶん』だったら最高の部類だよ。それにね、この移送装置という可能性を目の前にしながら、ポムがどうなったのか、サヤが……母がどうなったのか、ここで一生考えながら暮らすなんてことはできないんだ」
里砂は、黙ったままカイを見つめた。
カイは、草矢のほうに向き直った。
「風生に会いたかったな。よろしく言ってくれ。里砂といっしょに、できるだけのことを説明してくれよね。僕の探し物は見つかったって」
草矢は里砂を見、またカイと向かいあった。
「これでいいのか」
カイは、笑顔になった。
「いいんだ」
カイは、きらめくカプセルを開けた。
「それじゃ、行くよ」
⭐︎
水色がかった灰色の空の中に、光点が見える。
あれだ。
ダラムは、目を細めて空を見上げた。また集まって来た村人たちは、ダラムから少し離れたうしろのほうに半円を作っている。
光点はたちまち大きくなり、宇宙艇の輪郭がわかるようになった。角の丸い、矢印の先のような。
村人たちの間からどよめきがもれた。
あんなものがなぜ空に浮かぶ? あの中に人がいるんだって?
⭐︎
カイは深呼吸した。
座標を打ち込むためのキイボードは、カプセルを閉じたときちょうど目の前に来る。カプセル内部には白い内張りがあって、それは植物の綿毛のような手触りだった。
昔の移送装置は優雅だったんだな。
それから、首をふった。
こんな余計なことを考えるってのは、怖がってるからかもしれない。
よし。
カイは、小さな銀色のスイッチレバーに指を当てた。