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2・旅(22 塚の中)

 岩穴の奥、枝道のひとつで、男は三人の声を聞いていた。

 ぶつけられた石は、小さいけれど角があったらしい。もう血はとまったが、腕に切り傷ができていた。


 あいつら、入ってくるつもりだ。


 夏至の祭りがはじまってから、彼らは塚山を根城にしていた。洞穴がたくさんあって隠れ場所にはことかかなかったし、人々はここを避けていたからだ。

 西の野営地の事件は、彼らにとっても大きすぎる出来事だった。盗むくらいはへいちゃらだったが、実際に人を傷つけたのは初めてだった。さっき、あのよそ者に「商人は死んだ」と言われたときは、思わずひるんでしまった。

 手にあまる悪事をしでかしてしまって、仲間たちの間はぎこちなくなった。祭りのために増えてきた人混みにまぎれて、ひとりが逃げると、やがてばらばらと皆がいなくなった。


 でも、俺は逃げるわけにはいかない。弟をおいては行けない。


 あいつ、刃物なんか持っちゃいけなかったんだ。一番年がいかないから、みんなに認めてほしくて虚勢ばっかり張ってた。バカなやつ。ちいちゃいころ、あいつが育てた花を俺が折ったら、泣きやがったっけ。そんな弱虫なのに、刃物なんか使っちゃダメだった。

 ……俺が、もっと気をつけてやらなきゃならなかったんだ。


 あのよそ者さえ人質にできれば、弟を取り返せたのに。仲間がいるとは思わなかった。


 男は、腕の傷をそっとなでた。少し腫れているが、たいしたことはないだろう。


 足音が聞こえる。いよいよ中に入って来たのだ。彼は、油に浸した灯芯のあかりを吹き消した。


 あいつら、よそ者のはずなのに、なぜこんな場所のことを知ってる?


 塚山は、黒髪族が住んでいた場所とされていて、こういう洞窟や妙な形の岩があるし、ときどきは地鳴りのようなわけのわからない音が聞こえる。気味が悪いから近寄って来る者もほとんどいなくて、隠れ家にはもってこいだった。ちょっと面倒だったのは、仲間の中にも内心ここを怖がる者がいたことだ。

 洞窟の中には、曲がりくねっていくつかつながりあっているものもあった。どの洞窟も、皆あまり奥まで入らないようにしていたが、ひとりぼっちになってから、男はやけのような気持で洞窟の奥や分かれ道を歩くようになった。

 今いるここは、洞窟の中でも一番大きいものだ。


 枝道からそっと顔を出してみる。三人は、手に青白く光る何かを持っていた。夜、岩かげで光っている、あの茸だろう。ないよりまし、という程度のあかりだ。三人の位置がわかるだけ、男にとっては好都合だった。


 もっと速く来い。


 もどかしい思いを抱えながら、彼らがここまでやってきたとき自分はどうするか、何も考えていなかったことに気づいた。


 むこうは三人だ。ひとりは、妙なかっこうをしてるけど女だと思う。それか、まだほんのガキか。まあ、どうってことない。けど、いくら俺が洞窟の勝手を知ってると言っても、うまく不意をつかなきゃ……。


 真ん中の人影がかがんで、何かを拾い上げた。

「兄さん、見て。これは……」

「光貝だ。それに、気づいたか。俺たちは砂を踏んでるんだ。塚の土ではない」

「砂に混じって、光貝がある」


 男には話の内容はわからなかったが、三人の声はよく響いた。何も警戒していないようだ。


「兄さん」か。


 男は思った。


 あのよそ者も「兄」なのか。まぬけな兄貴だぜ。


 もう少しで、彼が潜む枝道にさしかかる。

 もし枝道に入ってきたら、どうにかしてやっつけるしかない。通り過ぎるなら、あとをつけるんだ。


 自分の心臓の音が三人に聞こえる、と男は思った。息をひそめてじっとしていると、青白い光の線はそのまま通り過ぎた。先頭に立っている人影は、枝道に目もくれなかった。

 男は何度か深呼吸して、そっと暗がりからしのび出た。


 彼は、この方角には、一度しか行ったことがない。地の底に閉じ込められるようで、怖かったのだ。でも、記憶が確かなら……。


 うまいことになった、と男は思った。

 一発も殴らずに、三人とも人質にできる。

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