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1・北の村(5 夢の少年)

 三日たっても、少年は目を覚まさなかった。


「司様にもらった薬をうすめないで飲ませちゃったら、気がつくんじゃないかしら」

 夕方、潮美が少年に薬を飲ませて戻ってきたとき、里砂がちょっとじれったそうに言った。

「せっかちなことをお言いだねえ。こんな強い薬をそのまま飲ませたら、助かる者も助からないよ。司様もおっしゃってたろう、脈もしっかりしてきたし、血の色も戻ってきたって。ゆっくり待たなきゃ。ゆっくりね」

 潮美は、水薬の入っていた吸い飲みを卓の上に置いた。


「おまえ、草矢に声をかけてきておくれ。もうすぐ夕飯にするからって」

 仁矢は、村の寄り合いのために出かけていた。冬に閉ざされる前に、この村でやる祭りのための話し合いだ。


 はじめ、仁矢は出かけるのを渋っていた。「細工師の家のよそ者」のことは、たちまち村じゅうに知れわたっていたから、今度のことで、里砂がこの家の娘になったいきさつを蒸し返す者がいるのではないかと心配していたのだ。仁矢にとっては、里砂は実の娘以上だった。細工師の夫婦は、草矢の前に生まれた女の子を病気で亡くしていた。亡くなったときの娘は、浜で見つかったときの里砂と同じくらいの年だった。


「あらっ」

 里砂は、窓の外を見て声を上げた。

「どうしたの」

「雪よ」

 暗い空から、この冬最初の雪が舞い始めていた。


 仕事場の中は暖かい。指がかじかむようでは細工はできないからだ。床の真ん中に大きな炉が切ってあって、火はいつでもたっぷり燃えている。

 壁には、様々な大きさや種類の道具がきちんとかけてあった。手鏡や装飾品のような小さなものを作ることから、家の扉や仕切り壁のような大きなものに飾り細工を施すことまで、すべてこれらの道具で間に合う。


 里砂が入っていったとき、草矢は小刀の一本を研いでいるところだった。

「兄さん、もう夕飯よ」

 里砂は、炉の、広い木のへりに腰をおろした。

「ああ。すぐだから」

 草矢は、親指の腹で小刀の刃をためした。


 里砂は、何気なく作業台の上を見て目をみはった。台のすみのかごいっぱいに、光貝が入っていたのだ。

「兄さん、この光貝……」

 一日中探したって、これほどたくさん見つかることはない。


 草矢は、注意深く刃をぬぐった。

「……あの翌朝、浜に行ってみたんだ」

 里砂は、草矢の顔を見た。

「あの砂のくぼみ、覚えているだろう。あの子が倒れていたところ。砂が動く前に、あそこを探してみようと思ったのさ。あの日はもう暗かったから、何かあの子の持ち物が落ちていたとしても気づかなかったかもしれないからね」


 草矢は、小刀を作業台の引き出しにしまう。

「あの子が倒れていたくぼみの底に、光貝が集まっていた」

「集まって? だって、そんなこと……」

 里砂は、ためらうようにかごの中の光貝に手を伸ばした。

「本当に光貝?」

「いつものと変わりはないようだ」

 里砂は、たそがれ浜のことを考える。動く砂の浜。気まぐれに光貝をかくし、またばらまく……。ならば、こんなこともあり得るのだろうか。


 草矢は、立ち上がって伸びをした。里砂は兄を見上げた。

「あの子、わたしと同じくらいの年かしら」

「さあな、たぶん」

「わたし……あの子、見たと思うの」

 草矢は上げたままの腕を一瞬止めて、里砂を見た。

「おまえの、夢見か」

 里砂はうなずく。


 両親は、人と違うことを好まない。里砂は黒髪の拾い子だというだけで十分ほかの子と違っている。この上「夢見の力」などなくていい。館の則の司も黒髪で、何かの力を持っているという話だが、彼は男で、しかも司と呼ばれる立場の人物だ。里砂の「夢見」など、あとになってから「あれがそうだったのか」と思う程度のことで何の役にも立たないから、両親はそんなものは「ないこと」にしたい。家で夢見の話を聞いてくれるのは、草矢しかいない。


「だけど、あの子が誰で、どこからきたかは全然わからない。もう少し役に立つ夢見ならいいのに」

 不満そうに里砂が言う。


「役に立たないものだって、あっていいのさ。俺のつくる細工物だって、生きていくのに必要なものじゃない。鍬だの鋤だのの方がよっぽど役に立つ」

 草矢は扉に向かって歩き出す。けれど、里砂があの少年を夢で見たということが、やっかいな小骨のようにのどの奥にひっかかった。

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