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2・旅(20 襲撃)

 塔の番人はなにも知らなかった。

 草矢が拾った光貝のかけらを見せても、それがなんなのかわからなかった。塔そのものが古く、丸天井部屋にいつ星が埋め込まれたのかも定かなところはわからない。何代か前の風の司の弟子がやった、と伝えられているだけだ。

 番人の知る限りでは、はがれ落ちたり欠けたりしたこともないらしい。もっとも、時間の経過によって少しずつどこかがゆるんだり、もろくなったりしていてもおかしくはない。


 草矢は、拾った光貝のかけらを手の中で転がしながら、塚山を登りはじめたところだった。広場で花火が上がりはじめていたが、草矢はほとんど気にとめなかった。


 貝というのは海にいるものなんじゃないのか。それとも、太古の昔は、このあたりは海だったのだろうか。館の書庫で、大地が震えて隆起し、海と陸がつながったという記述を読んだことがある。しかし、いくらなんでも、ここは海からは遠すぎる……。


 そういえば、光貝を完全な形で見たことがある者は誰もいないのだ。かけらとなってたそがれ浜に撒き散らされる以前、この貝は、どんなふうに、どこにいたのか。細工するのに特別な道具を必要とする、この固い殻は何を守っていたのか。


 こんなふうに考えながら歩いていたので、襲われたとき、草矢にはなんの備えもなかった。


 側頭部に衝撃をくらって、一瞬目の前が暗くなった。棒のようなものが空を切る音を感じて、体をひねって次の一撃をなんとかかわした。


「誰だ」

 どなったつもりがかすれ声になった。相手は答えず、また手にした棒を振りかぶった。

 若い男だ。草矢とたいして違わないだろう。


 こめかみから汗のようなものが伝い落ちて、それが上衣に真っ赤なしみを作っていくのさえ、草矢は気にとめるゆとりはなかった。痛みを感じる余裕もない。頭はただ、しびれている。


「俺は、すぐわかったぜ」

 男が、低い声で言った。この男にも、この声にも、覚えはない。


「誰だ」

 もう一度、草矢は言った。さっきよりはましな声が出た。


「東の都に俺の知り合いはいない。人違いに決まってる」

「人違いなもんか。俺の弟を傷めつけやがった。水尾村の司どもに引き渡しやがった」


 弟? 水尾村の司……。


「塔のほうへ行くところを見かけて、すぐわかったんだ。俺があとをつけてるのにも気がつかねえでよ」

 男は、バカにした調子で言ったが、なんだか虚勢を張っているようでもあった。


 こいつ、西の野営地を襲った賊のひとりだ。

 草矢は理解する。


 俺がつかまえたのが、そして、風生を刺したのが、こいつの弟なんだ。


「殺したりはしねえよ。おまえを捕まえて、弟と交換させるんだ。おとなしく殴られるがいいや」

 男が棒を振り下ろす。草矢はなんとか頭はそらしたが、右肩に当たった。痛みとしびれが、首から指先にまで走った。


「おまえの弟は、俺の仲間を刺したんだぞ。それに、あのときの商人は死んだんだ!」

 草矢は声をあげた。

 商人が死んだ、と言われたとき、男がひるんだような気がした。

「俺がやったんじゃねえ!」


 男が叫んで、闇雲に棒を振りまわした。だめだ、よけきれない、と草矢が思ったとき、男が突然苦痛の叫びをあげてのけぞった。


「ソウヤ!」

 次の石を投げようと腕を上げながら、カイが走って来る。

「兄さん!」

 そのあとに、里砂が続いていた。


「くそっ!」

 男は棒を振り捨てて走り出した。

 あれからこの塚山にひそんでいたのだろうか。どこへ逃げればいいかわかっている足取りだった。


 里砂は、肩からかけていた合切袋から布を出して、草矢のこめかみを押さえた。小銭を包んでいた布だったが、小銭は袋の中で散らばっていればいい。


「なんだ、あいつ!」

 カイは、男の走り去ったほうを見送った。草矢は短いため息をついて、答えた。

「風生を刺した賊の兄貴らしい。俺を見かけてつけてきたんだ。俺たちが三人だということには気づいていなかったんだろう」

「あいつの……!」

 カイが、あたりを見まわしながら言った。

「あの天幕の……武留に話して、誰に知らせればいいか聞こう。とにかく、ここを離れたほうがいい。塚山を調べるにしても、もしあいつの仲間が……」


 イナイ。


 カイの頭の中で、またあの声がした。


 アノ男ハ一人ダ。仲間ハイナイ。


「いない……」

 カイは、自分でも気づかずにつぶやいていた。



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