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2・旅(19 本当の気持)

 なだらかに丸く盛り上がっているように見える塚山だったが、登ってみると意外と急だった。高い木はほとんどないが、しげみや潅木がぎっしりと茂り、ところどころに大きな岩が飛び出している。


 カイは、ひどい頭痛がおさまったあとのような、しびれる感覚を頭の芯に感じながら歩いた。あの声は、今はなりを潜めているようだが、まだそこに「いる」ことがはっきりと感じられた。


 草矢が、かがんで何かを拾い上げた。里砂とカイがそばに行くと、草矢は指先に光るものをはさんでふたりに見せた。

「光貝だ。こんなところに」


 三人の背後に、星見の塔が白くそびえている。

「あの塔の天井に星を描いた光貝が、はがれたかなにかでここに……?」

 里砂が、自信なさそうにつぶやいた。草矢が言った。

「塔の番人に確かめてみればよかった。そもそも、あそこの星が光貝だというのも、俺ひとりの考えなんだから」

 そう言ってはみたが、草矢にはあれが光貝だという確信があった。

「あの番人は、塔に星の図がつくられたときのことを何か知っているかもしれない」


「たそがれ浜と、星見の塔と、ここ……」

 カイが、考え込むように言った。

「誰かが消えたりあらわれたりする場所に光貝があるのは、偶然なんだろうか」

 草矢が、体をひねって塔を仰ぎ見た。


「俺は、塔の番人に尋ねてくる」

 ややあって、草矢は言った。

「塔の丸天井部屋の星は、本当に光貝なのか。それなら、どこから持ってきたのか。光貝は……どういう貝なのか」


「いっしょに行くよ」

 カイがいきおいよく言った。草矢は首をふる。

「里砂は、少し休んだ方がいいだろう。カイは、ここでいっしょにいてやってくれ。武留も用心するよう言っていたが、若い娘ならなおのこと、ひとりでいないほうがいい。それに、行ったところで何かわかると決まったものではないし、骨折り損なら、光貝を気にしている俺だけでいい」

 草矢はふたりを見た。

「俺自身は、わかることがあるなら知らずにすますわけにはいかないんだ。物心ついてから毎日のように細工していたこれがいったいなんなのか、どうしてここにあるのか、それを知らなきゃならんのだ。光貝は、俺たちの糧でもあったんだから」


「わたしならいっしょに行っても大丈夫よ。それに、兄さんだってひとりじゃ不用心だし……」

「俺は若い娘じゃない。今なら、日暮れが近づけば、いいやつも悪いやつも広場のほうへ行くだろう。それに、まだ日は落ちないよ。明るいうちに戻れるさ。今日は夏至なんだから」

 草矢はきっぱり言って、ふたりにうなずいた。


 里砂とカイは、斜面を下り始めた草矢を見送った。

「草矢は大丈夫だよ」

 カイが言った。

「少し上に、座れそうな岩がある。草矢の言ったとおり、休んでおいたほうがいいよ、里砂」


 カイと並んで、昼間の暖かさが残る岩に腰をおろしたとき、里砂は、久しぶりでふたりきりだということに気づいた。


 本当にふたりきり。近くには誰もいない。


 兄さんは、すぐ戻って来るだろうか。


 里砂は落ち着かない気持になり、岩の角をぎゅっと握りしめた。

 ふたりは広場のほうを見ていた。すっかり暗くなるのを待ちきれないかのように、もう花火が上がりはじめた。これからが、東の都の夏至の祭りは本番なのだ。


 カイの腕を肩に感じて、里砂はびくっとした。おそるおそるカイのほうを向くと、カイの黒い瞳が、花火の彩りを受けてきらきら光っていた。


 接吻することになる、と里砂は思った。そうしてはいけないような気がした。鼓動が頭の中で打っていた。カイの目を見つめているのが辛かった。


「いいんだ、リサ」

 カイが、少し寂しそうな微笑みを浮かべて言った。

「カイ……」

「どんなことであっても、君に無理強いしたくない。自由な君が好きなんだ。リサが選んだのが、結局僕でなかったのは残念だけど」


 里砂は口を開いたけれど、言葉は出てこなかった。カイは、遠くに上がる花火を見ていた。


「僕はソウヤも好きだ。それがせめてもだ」

「でも……カイ……」


 わたし、約束したのに。あなたと行くって約束したのに。フラムをわたしの故郷にするって決めたのに。


 里砂の気持を察したかのように、カイが微笑んだ。

「バカだな、リサ」

 そして、里砂の肩をぎゅっと抱き寄せた。

 カイの暖かさを感じて、里砂は一瞬、違う、好きなのはあなたよ、と言いそうになった。けれど、それが本当でないことに気づいた。


 里砂は、そっと息をついて体を離した。

「ごめんなさい、カイ」

 カイは首を振った。

「あやまるなよ」

 それから、大きく息を吐いて笑顔をつくった。

「まあ、こんなこともあるよ。ね?」


 ふたりはしばらく黙っていた。青みを増した空に花火が映える。広場は、ぼうっと明るいまぼろしの渦のように見えた。


 こうするしかなかったんだ、とカイは思った。


 細かいことにカンの働くほうではなかったが、それでも感じ取れるなにかはあった。言葉にするほどでもない「なにか」の積み重ねが、少しずつ重くなっていたのは確かだった。

 カイは、頭の後ろに手を組んで岩の上に寝転がる。なんだか少し楽になった。


 しばらくの間は本物だった。僕たちふたりの、本当だった。


 カイは、目を閉じた。


 里砂は、背筋を伸ばして座っていた。今までちゃんと見つめないできた思いを、丸呑みするように一気に認めてしまって、不安と同時に不思議な嬉しさがわいてきた。


 あの、家を出た日の夜、館の書庫を思いついたのは、兄さんに聞いた祭りの晩の話があったからだ。わたしは、あそこで兄さんに見つけてほしかったのかもしれない。


 けれど、見つけるのはわたしでなくては。わたしが自分の本当の思いを見つけるのでなくては。


「あっ」

 寝転んで空を見上げていたカイが、不意に声をあげたので、里砂はびっくりした。

「どうしたの」

 カイは、上を見上げたまま、空の何かを追うように首をめぐらした。


「カイ?」

「……まさか……でも……」

 カイは、ゆっくり起き上がって里砂を見た。

「君は見なかった?」

「何を?」

「光だよ。青い光がむこうへ飛んでいった。見なかった?」

 里砂は、あっけにとられたように口をふった。

「光? 花火じゃなくって?」

「花火じゃない。あっちから来て」

 カイは、西の地平を指差した。

「むこうへ飛んでいった。まっすぐに」

「流れ星?」

「星じゃないんだ。あれは、まるで……」


 人工衛星か、宇宙船みたいだった。

 でも、そんなことがあるだろうか。そんなものが飛んで来る星域なら、僕はとっくにフラムに戻れたはずだ。


 自分の見たものに確信が持てないまま、カイはもう一度岩に体を横たえた。

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