⭐︎・7 反転世界
「反転世界か」
レンがつぶやいた。
便宜上ペルデュ-αと名付けた第二惑星の一方は、分子の施光性が反転している世界だった。物質の構造が、鏡に映したように逆になっているのだ。
反転した有機化合物は、人間の体では受け入れられない。この星には食べ物がないということだ。ペルデュの人々がこの世界で生き延びられたはずはない。
「鏡の国だな」
ダラムが、計器類を調整しながら言った。
これから、ペルデュ-βと名付けたもう一方の惑星に向かうのだ。
「鏡像異性体の星? どうしてこんなことになるんだ」
レンが言うと、ラピスは首をひねった。
「ん? と思うことはあったんだ。αの自転は、この星系のほかの惑星とは逆まわりらしくて」
「そういうの、たまにあるよね」
ダラムが言った。
「それと関係あるのかどうかは、僕は専門外だからわからない」
ラピスは目をあげて、ダラムの前のモニター画面を見ながら言った。
「そういうのは、ダラムみたいな人たちが解明してくれるんじゃないかな」
レンは、落ち着かない様子で歩きまわった。
「ラピス」
「なんだい」
「もし、βに人がいたらどうする? いきなり僕らが行くなんて、やっていいことなんだろうか。さっさと着陸して『みなさん、こんにちは。我々は宇宙人です』ってわけにはいかないだろ」
ラピスは笑った。
「未踏査の惑星に人類がいたとして、今の学説では、それはほぼ僕らと同じ祖先を持つ移民の子孫だろう、ということになっている。ちょっと傲慢な考えかも、とは思うけどね。僕らが宇宙人なら、彼らも宇宙人だよ」
レンは、うなずきながら言った。
「それで、もし出会ってしまったらどうなんだ?」
「状況次第だな」
ラピスは、ちょっと考えた。
「一人用の小型偵察機がある。見せただろ」
ダラムが、床下の格納庫の方にちらりを批判的な目を向けた。
「うん。旧式の風呂桶みたいなやつ」
ラピスは、ダラムの言葉を無視して続けた。
「僕ひとりなら、この船を静止軌道上にのせて、偵察機で地表近くまで降りてみる。そしてどうなるか、それからのことだ。本当に状況次第なんだよ。こういうことって、予定をたててその通りにいくなんてことはまずない。思いがけない冒険が苦手なタイプは、宇宙には出ない方がいいかもしれない」
自分は思いがけない冒険は苦手かもしれない、とレンは思ったけれど、何も言わずにおいた。
ラピスが微笑んだ。
「まあ、たいていの場合、いきなり『こんにちは』にはならない。退屈なことのほうが多いんだ。こういうことに備えなきゃならないようなら、それはそれで嬉しいかも、と僕は思うんだけどね」
「ペルデュ-βが特定できた。スクリーンの中央だ」
ダラムが言った。
「待ってろ。今矢印を出す」
ダラムのしなやかな指が操作パネルの上を踊った。
黄色い矢印の先の輝く点を、三人はじっと見つめた。
可能性があるなら、思いがけない冒険に出くわしてもいい、とレンは思った。
旋光性、鏡像異性体等について認識の誤りがあれば、すべて私の責任です。




