2・旅(17 番人の話・2)
「やつは、狂ったみたいに、わけのわからん物を造ってたそうだ。空飛ぶ乗り物にするんだ、と言ってな。そして、実際飛ぶものを造ったんだよ。乗り物を試していた息子は、高く、高く舞い上がり、それから南側の崩れた石積みに落ちて死んだ」
空飛ぶもの。
里砂は、ぎゅっと目をつむった。
占い師の息子が最後に見たのは、空だっただろうか。大地だっただろうか。
「仕組みにまずいところがあったのかもしれん。ただ運が悪かっただけかもしれん。ちゃんとできたら、大工の娘といっしょにどこかへ飛んで行くつもりだったのかもしれん。だが、その乗り物もめちゃめちゃに壊れて、誰も元どおりにはできなかった」
「母親は息子の死後、どこかへ行った。息子の身にふりかかることを見通せなかった自分を、ずいぶん責めてたって話だ。まあ、占い師でも、自分や自分の身内のことはわからない、とも言うんだが」
里砂は、こぶしを口もとに当てた。
「娘が子どもを産むと、大工の怒りはおさまってしまった。なんといっても孫だ。かわいかったに違いないさ。その子のための乳母まで雇って、大事に育てていたんだ。占い師の息子のことを思えば、皮肉な話かもしれないが」
番人は、里砂に語りかけるように言った。
「その子は、父親ゆずりの黒い髪と、母親によく似た目元をしてたそうだ。……ちょうどあんたくらいのころ、大工の娘はよくここへ来たよ。空が好きだ、と言っていた。空に近いところに行くのが好きだ、と。だから、わしはよく知っていた。濃くてまっすぐな眉のせいで、いつも真面目な顔に見えた。笑うと、それが陽気な若い娘らしくなった。きれいな娘だった」
番人は里砂を見た。
「あんたに似ていた」
里砂はひと言も言えずに、黙って目を見開いていた。
草矢は、ためらいがちに口を開いた。
「その、大工の一家は? この近くに家があったなら、そこは……」
これまでの番人の話は終わってしまった物語のようで、全てが過去形で語られているのが草矢には気になったのだ。
「子どもが消えて、季節のふたつ……三つほどはここにいた。だが、どう手を尽くしても子どもは見つからないと思ったとき、一家で東の都を出て行った。南の方にやはり大工の親類がいて、そこへ行ったと聞いているが、わしは確かなことは知らん。なまじ裕福な家だったから、金目当てに根も葉もないうわさを持ち込んでほうびをもらおうとしたり、果ては、髪を黒く染めた幼女を連れてきて『うちで世話していました』なんて言い出す輩もいたらしい。そういうことにも疲弊していたのだと思うよ」
番人は首をふった。
「娘は、心を痛めて体も弱っていたらしいから、転地させる意味もあったろう。想い人は死んで、子どもは消えた。若い娘にはむごすぎる。大工のほうは、内心では塚山にあちこち開いた穴のひとつに落ちたものと諦めていたんじゃないかとわしは思う。司たちも最後にはそう思ったらしい。だからなおのこと、そんなことが起きた場所で暮らせる道理がなかった」
あまり細かいことまで里砂の前で言わなくていい、と草矢は思った。
「出て行くときは、本当にきれいさっぱり出て行った。屋敷は、抱えていた職人たちの手で解体された。使える材料は大工仲間に、敷地は司会議にゆだねられた。屋敷のあったところは、今は土台石だけが残る空き地だ。司たちにしても、あの屋敷跡をどうしたものか考えあぐねているだろう。あんなことがあった後じゃ、あそこは塚山に近すぎる」
小部屋の狭い窓から差し込む光が、午後も遅い位置に移っている。
わたしは塚山で遊んでいて……? そして、たそがれ浜にいた……。
覚えていない。母の記憶も、祖父の記憶もない。わたしはなんという名前だったのか。
もどかしい思いに、里砂は唇をかんだ。
「あの」
カイが、申し訳なさそうに言った。
「塚山で人が消えることは、時々あることなんですか? 逆に、そこから見知らぬ人が現れるなんてことは……ない……んでしょうか」
カイの声は、番人のとがめるような視線を受けて尻すぼみになった。
「そんなことは聞いたことがないな。わしの知る限り、消えたというのも、昔の司の弟子と、子どものふたりだけだ。なぜまた、そんなことを聞く?」
ふたり。この塔にあらわれた司の弟子と、たそがれ浜で見つかった里砂。
草矢はカイを見た。
移送装置だ。カイは、塚山に移送装置があると思っている?