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2・旅(16 番人の話・1)

「塚山で遊んでいた子どもが消えたことがあった。季節のめぐりは三回ばかりを過ごしただけの幼子だ。…

…それが、あんただったのか。……そうだ、あんたはあの娘にそっくりだ。帰って来たのか? それじゃ、知っているのか?」

 番人は、矢継ぎ早に言葉を浴びせた。里砂は一歩うしろへ下がった。


「わたしは何も知らないの。たった今、この上からあの山を見るまで、何も思い出せなかった……」

 里砂は、番人の顔を正面から見た。

「だから、何か知っているのなら、教えてください。わたしには、自分の住んでいたのがどこだったかさえ、もうわからない。……あの娘って……それが……」


 消えた子どもの……わたしの、母さん?


 そう言おうとして、でも、声には出せなかった。


 番人は深いため息をつき、それで身体中の空気が抜けてしまったとでもいうように、ぐったりと腰をおろした。

「……あのときは、わしが疑われた……」

「え?」

 里砂がびっくりして聞き返すと、番人はもう一度立ち上がった。

「ここでは落ち着かない。来なさい。物置小屋のようなところだが、裏手に小部屋がある。塔に上りたい者は、勝手に上らせておけばいい」


 三人が彼のあとについて分厚い木の扉をくぐると、そこは狭い場所で、壊れた机や椅子、なにかを入れた箱などが片隅にごたごたと積んであった。むきだしの石の床に、草を編んだ敷物が敷いてあり、ひと休みする程度の場所は空いていた。


 どうやら全員が落ち着くと、番人は口を開いた。

「……ずっと以前、やはり塚山でいなくなった男がいた。彼は司の弟子で、塚山を調べておったのだ。その男はここに現れた。ほかならぬ、この星見の塔の丸天井部屋に」

 番人は、ちょっと黙って、また言葉を続けた。

「弟子本人も、どうしてそんなことになったのかわからなかったらしい。司会議の記録にはそう書いてある。……そういうことを知っていた何人かが、子どもを探しにわしのところへ来た。けれど、子どもはいなかった。わしも何も知らなかった」


 番人は、自嘲するように笑った。

「わしは、妻をめとったことがない。司会議に雇われて、ずっとここで番人をしている。変わり者だと思われていたかもしれないさ。しかし、小さい女の子をたぶらかすようなことはせん」


 誰も、しばらく何も言わなかった。その記憶は、番人にとっては辛いものに違いなかった。


 カイは、塚山で消えてここに現れるという、その不思議が気にかかった。

 

 まるで、移送作用のようだ。塚山というのは……。里砂は「秘密の人たちが住んでいた」と言ったっけ。それはどういう人たちなんだ? でも、幼い頭に残った言葉だから……。


 ヤット。


 え?


 今までになく、はっきりと頭の中に声が聞こえた。カイは、思わずあたりを見た。声の主はいるはずもなかったのだが。


 アア、ヤット。ケレド、モウ遅イ。


 カイは、自分の内側に耳をすませた。


 私ノ……。


 声は小さくなって、またどこかに潜んでしまった。


「いなくなった子どもには、わしは会ったことがなかった」

 番人は話を続ける。

「でも、その子の家は知っていた。このあたりじゃ名家だったからな。職人を何人も抱えた、暮らしむきのよい大工の家だった」

 番人はそのころを思い出すように、しばらく目を閉じた。

「だから、あの娘が身ごもったとき、父親は激怒したらしい。霧にも露にもぬらさぬように、大事にしてきた一人娘だったからな。いずれ、抱えている職人の中から、見込みのあるのを婿にするつもりだったんだ。占い師の息子なんか、もってのほかだった」


「占い師の息子?」

 里砂が聞き返す。

「やつは、南の林で、母子ふたりで住んでいたんだ。ふたりとも黒い髪で、母親は先の出来事が見えるという評判だった。本当かどうかわからんが、それを利用して占いをやってた」


 黒髪の母子。先のことを見る力。黒髪の力。


「息子のほうは変人だった。母親の占いはいい金になったんで、息子はまっとうな職にもつかず、時々ものに憑かれたように、役にも立たんなにかの仕組みをつくっちゃ、壊していた。商売柄ひとの秘密を知ることの多い母親と、変わり者ののらくら息子は嫌われ者だった」


 嫌われ者。

 里砂は、ちょっと身を固くする。


「大工のところの職人のひとりが、その息子の数少ない友だちだったんだ。その職人を通じて、大工の仕事の手伝いをしたこともあったらしい。といっても、家を建てるとかいうんじゃなくて、扉を開けたままにしていても勝手にゆっくり閉まるような仕掛けを造って取り付けるというような、細かい仕事だったようだ。たしかに、もの作りの技は持ってたんだろう。扉の仕掛けは、荷物の出し入れが多い商家などで重宝したらしい」

 番人は、里砂の顔を見た。

「そんなこんなで、大工の娘と知り合ったんだろう」


 大工の娘。そして占い師の息子。


「父親は、もちろんつきあいを禁じたさ。最後にふたりが会ったとき、占い師の息子は手ひどく殴られて道に放り出されたって聞いた」


 里砂の脳裏に、あの早春の日の台所が浮かんだ。父親の怒り。唇から血を流していたカイ。

 そして、わたしは……。いえ、大工の娘は……。


「それから少しして、占い師の息子は死んだ。いたましいことだ」

「死んだ?」

 里砂は声をあげた。

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