2・旅(11 菘の家で)
菘は、なにか考えるように、ちょっと目を閉じた。
「昔、この地にいた黒髪の種族のことは知っていますか」
「ええ。絶えてしまったとか」
「絶えたのではありません。どこかへ行ってしまったのです。都の、司たちが管理している古文書に、そういう記述があるそうです。黒髪の種族は、東の都のはずれに、自分たちだけが暮らす区域をつくっていたようです。彼らは、皆なんらかの不思議な力を持っていたとか」
「みんな?」
里砂が聞き返した。
「そうです。そのころの司たちは、先の物事を決めたり、来るかもしれない災厄を防ぐために、彼らの力を借りることがあった。これも記録があります。黒髪の人々と、ここに住む人々との間に交流があった。そうして、子を成すこともあった。やがて、ある者は黒い髪だけを、ある者はその力を受け継いで……彼らの血は、今でも私たちの中に流れているのです」
「彼らは、どこへ行ったんだろう」
草矢が、つぶやくように言った。
「誰も知りません。彼らはその能力を使って、自分たちの存在をできる限りあいまいなものにしようとしたのかもしれません。……そもそも、黒髪の種族がどこから来たのかさえ、定かではないのです」
菘は、手を口にあて、品よくあくびをした。
「わたしは裏の小部屋でやすみます」
疲れ切った様子で立ち上がる。
「寝具を持ってきます。朝までにはまだ時間があります。このすみで寝てもらえますか。あなた方はご夫婦?」
夫婦?
「ちがいます」
草矢が言った。
「兄妹なんです、わたしたち」
里砂が、少しあわててつけ加えた。
「兄妹?」
わずかな間のあと、菘はうなずいた。
「なんにしても、何か寝心地をよくするものを持ってきます」
菘がついたてのうしろの小部屋に入ると、里砂は急に落ち着かなくなった。
わたしたちは、兄妹。
茶碗の中に少し酒が残っていた。里砂はそれを飲み干した。
だけど、ほんとの兄さんじゃない……。
頭がなんだかまわってるみたい、と思いながら草矢を見ると、彼は掛け布を一枚取って立ち上がるところだった。
里砂の視線に気づいて、草矢は微笑んだ。
「俺は外の木陰で眠る。明日の朝はできるだけ早く水尾村に戻って、ここの空き地まで箱車を持ってこようと思うんだ。中でうろうろして、あの人を起こしたくないからな」
里砂は、黙ったままうなずいた。
「風生になにかあったら、扉を開けて呼べばすぐ来る」
里砂はもう一度うなずき、やはり黙ったまま、扉を開けて出て行く草矢を見ていた。
どうしてだろう。なにかが違う。なにが違うのかわからない。
考えがまとまらないのは、生まれて初めての酒のせいもあっただろう。里砂はごちゃごちゃの頭を抱えて、それでも、横になるとすぐ眠ってしまった。
とらえどころのない夢の中に、細工物の星が見えた。光貝を刻んでつくった星が、夜明けの薄明かりの中できらめいていた。