2・旅(8 風生が)
里砂は、箱車のかたわらに腰をおろす。人々の話す声が、切れ切れに耳に入ってきた。
殺された商人は、都へ食料品をおさめに行く途中だった……。
去年までは、こんなことはなかった。若い子たちはどうしてしまったのか……。
祭りも近いというのに。よそ者も増えるというのに……。
まだら毛が近づいて来る。一頭だけだ。
里砂は、立ち上がった。
「風生?」
小声で呼んでみる。乗り手は、不器用に草の上に降りた。
「リサ」
「カイ! 風生と兄さんは?」
カイは、黙ったまま、いきなり里砂を抱きしめた。というより、それは支えを求めてしがみつくようだった。
「カイ? どうしたの? 兄さん? 兄さんがどうかしたの?!」
里砂の胸の中に、恐怖の塊がふくれ上がった。
カイは、体を起こした。
「ソウヤじゃないんだ。リサ、カザオが……」
「風生が?」
カイは、唇をかんでうなずいた。
「カザオが怪我をした。刺されたんだ」
刺された?!
「そんな……だって、荷車で帰ってきた怪我人の中には……」
カイは首をふる。
「街道の少し先に、いい癒し手がいるからと、そこへ連れていかれた。……でも、リサ、間に合わないかもしれないと言われた……」
間に合わない。
その言葉を頭が理解するのに、少し時間がかかった。里砂は、ぎゅっとカイの腕をつかんだ。
「どこなの、そこ。行きましょう!」
「街道を少し東へ……行けばわかるはずだと言われた」
「行きましょう!」
間に合わないなんて!
まだら毛に乗るのは、ふたりとも不慣れだった。どうやらその背に落ち着いて、腰のまわりに里砂の手を感じると、カイはやっとものを考えられるようになった。
カイにとって、これは初めて以上のことだった。ポムやフラムでも、確かに犯罪はあったし、それで人が死ぬこともあった。けれど、人間が別の人間を、自分の腕の延長のような小さな刃物で殺すことなど、想像したこともなかった。
相手の体とぶつかり合って、その血を浴びるほどの間近で、命を……この手に感じながら奪う……。
自分の手で、人の命を。
カイは、吐きそうな気がした。
あのときの光景が、目に焼きついて離れない。
地面に倒れたカザオ。髪にまで血がとんで、腹を押さえた指の間から、黒っぽいしみがみるみる広がっていった……。
僕はなにもできなかった。目の前で起きていることが信じられなかった。
僕はこんなに臆病だったか? こんなに情けないやつだったか? あのとき、カザオに駆け寄ることさえできなかった。ただバカみたいに突っ立って、人の邪魔をしていただけだ……。
ソウヤはカザオを刺したやつに飛びかかっていったんだ。
そいつは、まだカザオの血にぬれた小刀を持ったままだった……。




