1・北の村(3 薬の司)
里砂は村の道を駆けた。道の両側には蛍茸が生えて、青白い光のふちどりを作っていた。
薬の司は、弟子たちとともに村の中央にある館の一棟に住んでいる。薬を作り、病を癒し、赤ん坊をとりあげる。
「司」と呼ばれる人物は四人いる。風の司は、雲の動きを読み、田畑に作物を植えたり、漁に出たりするのに一番いい時期を決める。想の司は、過去をなだめ、未来を占う。そして、司たちのまとめ役でもある則の司は、争いを収め、村人皆ができるだけふさわしい利益と、それぞれに応じた義務を担うことができるようにはからう。
司たちは、方形に並んだ館をそれぞれ一棟ずつ住居として暮らしている。中央には学問所があった。村の子どもたちはそこに通って司やその弟子たちから学問を授けられるのだ。
里砂が薬の司の館の踏み段を駆け上がると、扉をたたくより先に、弟子のひとりがそれを開けた。
「騒々しい音をたてると思えば、細工師のところの里砂か。いったい何事かね」
館の中は、薬草の香気が満ちている。薬の司がゆっくりと奥から出てくるところだった。司は老女で、薬にするために干した木の皮と同じくらい痩せている。
「どうしたんだえ?」
「司様! あの、けが人……いえ、病人……あの、とにかく、おいでくださるように、父さんが……」
「細工師の仁矢が?」
「いえ、父さんじゃなくて……」
「すると、草矢が」
「いえ、いえ、兄さんでも母さんでもわたしでもないんです。あの、誰だかわからないんです」
司は一旦口を開いたが、何も言わずに再び閉じてしまった。
「おいでくださればわかります。あの、わたし、何か持っていくものがありますか? お手伝いすることは……」
司は、里砂を見て首をふった。
「いや、よい。おまえは先に帰りなさい。したくをして、すぐ行くから」
「はい!」
里砂は、狭い段の上で向きを変え、一、二段踏み外しながら駆け下りた。少し走って、もう一度、戸口の四角いあかりを振り返った。
「どうぞ、お願いいたします!」
光る線画のような道を走っていく里砂の後ろ姿を、司はちょっと首をふって見送った。