2・旅(4 白葉の郷・2)
里砂は上衣をとりに来たのだ。日が落ちると同時に急に冷えてきて、そのときはじめて、宿に上衣をおいてきてしまったのに気づいた。
カイはいっしょに行くと言ったが、里砂は断った。夕暮れになって人出は増え、風生の手伝いも必要だったし、露店のあかりで道は十分明るい。
人並みに逆らって宿屋に着くと、上衣の必要などないほど暑くなっていた。それでも、また広場に戻ればほしくなるに決まっている。
祭りを楽しむために来た人の数は、また増えたようだ。三日間続く祭りの中で、この二日目の晩が一番にぎやかなのだ。
帰りは、露店をのぞきながらゆっくり歩く人に阻まれて、里砂は思うように進めなかった。ため息をついて唇をかんだとき、草矢を見た。
「兄さん」
思わず声をあげ、それから口を押さえた。
里砂は、迎えが来るなら、父親がいかめしい顔をして連れ戻しに来るものと思っていた。そんな父親に、取り返しのつかない言葉を言ってしまうのではないかと恐れていた。
草矢は里砂の声を聞いたに違いない。立ち止まってあたりを見まわしている。
来たのが父親なら、拒否することもできたろう。風生には「これっきりにしたくはない」と言ったけれど、どうしてもわかってもらえなければ「これっきり」になっても仕方ないとも思っていた。
けれど、草矢に対しては、なんと言えばいいのだろう。
里砂だ。
草矢は人波を横切った。
里砂だ。不揃いな、短い黒髪の少年。
「里砂」
一瞬、里砂が逃げると思った。草矢は手を伸ばして里砂の腕をとり、露店の裏の薄暗がりへ抜け出た。
「里砂」
草矢はもう一度言った。それから、あらためて里砂を見つめた。
風生の手紙には何も書いてなかった。
里砂が、こんな少年のなりで街道をひとり歩いていたのかと思うと、草矢はなんだか泣きたいような気持になった。
「……連れ戻しに来たの?」
里砂は、草矢を見つめた。
「おまえは、戻りたいのか?」
聞き返されて、里砂はほんの束の間とまどった。
「今はまだ帰れない。わたしは、まだなにも見つけてない」
草矢はしばらく里砂を見つめ、それからうなずいた。
「俺は、とにかく風生に会わなけりゃ。どこにいる?」
「風生は広場に……。だけど、兄さん!」
今度は、里砂が草矢の服の袖をつかんだ。
「風生に苦情を言うんじゃないわね? 風生はほかにどうしようもなかったのよ。わたしが……わたしが風生の邪魔をして、迷惑かけて……」
草矢が微笑んだ。
「バカだな」
草矢は、初めての街などではないかのように、里紗の前を歩いた。里砂は、急ぎ足で草矢のあとにつづきながら、すでに大人の姿をしている兄の背中にかばわれているような気がした。