1・北の村(29 月の出まで)
あたりが明るくなりはじめたころ、仁矢は月見ばあさんの家をひきあげ、入れ替わりにカイが戻ってきた。
よそ者のカイが思いつく心当たりといってもたいしてあるはずはなかったし、あの、祭りの晩の雑木林にも、たそがれ浜にも里砂はいなかった。
そういうところは、きっとソウヤや「父さん」のほうがよく知ってる。
「少し休んどけよ。俺は、仁矢を台所にほっぽっといて眠ったぜ」
風生は、カイの前に湯気の立つ茶碗を置いてやる。カイは、両手でそれを囲った。
「則の司様は、何か知らないかなあ。司様は、自分が見たいものが見えるわけじゃない、とは言っていたけど。誰か、館へ里砂のことを知らせに行ったのかな」
風生は首をふる。
「里砂は、自分からいなくなったんだ。小さい子が遊びに出て帰って来ないのとは話が違う。仁矢としちゃ、明るくなれば見つかるか、自分から帰って来ると思ってるんだ。それに、ことを荒立てたくないっていうのもあるんだろうな。できれば、内輪の話に留めたいわけだ」
「でも、そんなことをしてる間に、もしリサに何かあったら……」
風生は、窓の向こうに目をやった。
「俺も、ときどき仁矢にいらだつさ」
それから、カイのほうを向いた。
「それでも、俺が親より出しゃばっていいもんか、わからんのさ。それに、里砂はバカじゃない。おまえさんもわかってるだろ」
カイはうなずいた。
「リサがこのまま見つからなかったら、僕は出発するわけにはいかないよ」
「少しなら、出発も延ばせる。もう少し待ってみよう」
風生は、両腕を上げて体を伸ばした。
やっかいなことになったとは思ったが、里砂に腹は立たなかった。
あの子は、小さいころから、よく俺のところへ見知らぬ土地の話を聞きに来た。あの子の中には、いつもきらきらする好奇心があふれているようだった……。
「カイ、おまえさん、あの子が好きなのか」
「うん」
カイのあっさりした答えに、風生は思わず笑ってしまった。
「ようし、とにかく、月の出まで待とう。それからどうするかはそのあとだ。少し寝ておけよ」
納屋に戻って、すみに作った仮の寝床に横になると、カイは自分で思ったより疲れているのに気づいた。でも、眠れるわけはないと思った。
両腕を頭の下で組んで、そこだけ明るい天窓の四角をながめた。
リサ、どこにいるんだ。
仁矢のやり方は、カイの理解を超えていた。
子どもに関わることは、子ども自身に決める権利がある。親も、まわりの大人たちも、手助けはできても子どもに替わって大事なことを決めるわけにはいかない。そういうことは支配につながり、子どもの権利を侵害するものだから。
カイの日常では、「子どもの権利」というのは、きちんと明文化され、尊重されていた。
みんな心配してるんだぞ、リサ……。
いつの間にか眠ったらしい。カイは、はっと目を開けた。天窓から差し込む光の位置が変わっている。
誰かが、そっと扉を押して入ってきた。眠るつもりはなかったから、かんぬきは差していなかった。カイは、もぞもぞと体を起こした。
「寝てたか? 悪かったな」
風生が、寝床のかたわらに立っていた。
「いいんだ。寝るつもりじゃなかった」
風生は、ぽん、とカイの肩をたたいた。
「やれやれ、見つかったそうだ」
「え?」
「里砂だよ。よかったな。まあ、里砂自身はどう思ってるかしらんが」
「どこにいたんだって?」
風生は首をふった。
「さっき仁矢がやってきて、見つかった、とだけ言った。見つかったが、見送りには行かせん、会わせてなどやらん、と息巻いてたが。……それで、どうする? おまえさん、これで出かけられるか?」
「そうだね……」
カイは、肩の力を抜いて、寝床にどさりと仰向けになった。
「俺と来るか? 里砂は大丈夫、おとなしく嫁にいったりせんよ」
カイは、ようやく少しほっとした気持で笑った。
「行くよ。行かなきゃならないんだ。リサもそれはわかってる。……僕も、リサのことはわかってるつもりだ」
「そうこなくちゃ。母屋へ来いよ。飯のしたくができてるぜ」
そういえば、まともに食事をしていなかった。
カイは、急に空腹をおぼえた。
リサは、無事見つかったんだ。