1・北の村(27 すれ違う思い)
潮美が部屋に入ってきたとき、里砂は寝台に腰をおろしていた。
「里砂や」
潮美は、いつかの草矢のように、里砂の前にすわった。
「父さんは、おまえのために考えなすったんだよ」
おまえのために。
それは、呪いの言葉のように響いた。
「叔母さんの手伝いには行ってもいいわ」
里砂は、潮美の顔を見ずに言った。
「でも、カイと風生が出発してからよ。ふたりが次の場所へ行くのをちゃんと見送らなければ、わたしはどこにも行けない。そして、南の村の誰のところだろうと、わたしは嫁いだりしない」
あのめちゃめちゃになった緑の若菜。カイの唇のはしから流れていた血。
あれを最後の思い出にしたくない。カイは「次の冬」と言った。次の冬を待つために、カイに手をふり、わたしはここにいる、元気でいる、と言いたい。
「カイに会うことは、父さんが許さないよ。でも、おとなしく叔父さんと南の村へ行っておくれなら、わたしから父さんに、縁談の無理強いはしないように言うから……」
実は、潮美も仁矢も、今夜南の村の樹が来るとは思っていなかった。あえてそうとは言わなかったが、里砂を南の村へやるとしても、今日明日のこととは考えていなかったのだ。
しかし、樹のほうは、妻の体調が悪いこともあって、善は急げとばかり北の村へやってきた。潮美には、家事や子どもの世話をやりたくない弟の本音が透けてみえて、正直少し情けないとさえ思ったのだ。
いずれにしても、考えていたより急にものごとが動きはじめて、潮美にも少しとまどいがあった。
「ねえ、里砂。こんなこと言いたくないけど、わたしたちは実の子のようにおまえをかわいがってきたつもりなんだよ」
それは里砂にもよくわかっていた。
でも、今は、なんのゆかりもない子どもを拾って育ててかわいがってくれたということが、心を縛る枷のように感じられた。
本当の親子なら、わざわざ口に出すまでもないこと。本当の親子なら、自由にふるまって、言いたいことを言って、傷つけ合っても壊れないつながりがあるのだろうか。
わたしは、父さんや母さんに心配かけないように、自分を抑えていなくちゃならないのだろうか。
わたしは、誰のために、なんのために生きているんだろう。
母親が出て行ったあとも、里砂は身じろぎもせずにすわっていた。いろいろな思いが頭の中でせめぎあっていた。