1・北の村(2 細工師の家)
「人が?」
息を切らしながら語る里砂の言葉をやっと聞き分けると、父と兄は顔を見合わせた。
「誰だったんだ?」
兄の草矢が尋ねる。里砂は首をふった。
「見なかった。うつぶせに倒れてたから」
「怪我してるのか」
里砂はもう一度、もっと激しくかぶりをふった。
「どうしたのかわからない。でも、この寒さじゃ、ほっといたら死んじゃうわ!」
草矢は立ち上がった。
「わかった。行ってみよう」
父、仁矢も、草矢と里砂の顔を交互に見て、腰を上げた。
「俺も行こう。里砂の話の通りなら、おまえひとりの手には負えんかもしれない」
「わたし、案内するから……」
母、潮美が、里砂の肩をそっとおさえた。
「ここにいなさい。おまえは熱いお茶でも飲んだほうがいいよ」
草矢が戸口でふりむいた。
「防風林を抜けた、はじめの砂山だな? さっきの今では、まだ砂も動くまい。大丈夫、わかるよ」
仁矢が扉を開けた。外の冷気が蛇のようにしのびこんできた。
ふたりを見送って、里砂はぺたんと床机にすわった。今になって、膝ががくがくしているのに気づいた。
「ほら、これ」
潮美が、分厚い陶器の茶碗を里砂にわたした。熱い香り草のお茶が湯気を上げている。里砂は、すなおに一口すすった。
「砂まみれだよ」
潮美のあたたかい手が、里砂のつややかな黒い髪をはらった。
「誰だったのか、見当もつかないかい?」
「うん……」
この村の人なら、うつぶしていてもどこか見覚えがあったと思う。けれど、倒れていた人物の様子には、何か見慣れない感じがあった。
仁矢が荒い息を吐きながら、ばん、と扉を開いたのは、しばらくたってからだった。
「里砂の言う通り、若い男だ。だが、村の者じゃない。いったいどうして……」
仁矢と潮美は目を見交わし、それから里砂のほうを見た。
「父さん……」
「おまえが心配することはない。それより、薬の司様を呼んで来てくれ。今、草矢が浜から背負ってくるからな」
里砂はうなずく。
この村の人じゃない。
やっぱり、と思うと同時に、次々と疑問がわいた。雪の近いこんな季節に、街道を通る旅人は少ない。ひとり旅ならなおさらだ。今日、この村をぬけて行った旅人は何人いた? ひとりもいなかったのじゃないか。